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2006年2月27日 (月)

レッスンの余白から「指導の誤り」

こんばんは、calafです。最近2週間ほどchiakiが左手親指を切ったため、右手だけで、バッハの3声の曲を弾かせていました(但し右手は2声)。とても上手く仕上がりました。この金曜日に左手親指が復活して、両手で弾かせたのですが、さっぱりダメでした。あれほど上手く弾けてたのに、何故?と理由を考えました。結論から言えば「普段通りのことをやっていなかった」につきます。

まず意識の問題、右手だけでやれば2声のそれぞれは1対1の関係でコントロールできます。ここに左手の声部が入ってきますと左手:右手の上声部:右手の下声部=1:1:1にならなければいけないのですが、左手:右手の上声部:右手の下声部=1:0.5:0.5になってしまっていたのです。(これはchiakiにも説明しました)

これでは上手く弾けるわけがありません。理由として今までchiakiが学んだ曲には本格的に3声の曲はありません。3声のシンフォニアも平均律も今年度の課題です。ですから今までの曲で部分的な3声は右手(あるいは左手)の2声は両手で練習し、響きを完全に認識してから片手2声で弾いていったのです。「この2声を両手で練習」というのを私はすっかり忘れておりました。

片手で2声部を上手く弾いていたので、音価を正確に弾けているかどうか厳しくチェックしなかったのです。できなかったと言う方が正しいかもしれません。といいますのは、chiakiが本当に今までにないほど美しく片手で弾いたので、私自身が舞い上がっていたのです。

ところが左手が入ってきますと、右手の音価の不自然さが浮かび上がってきたのです。どうもおかしいと厳密に譜面と照合しながらチェックしていくと3,4カ所音価が不当に扱われていることがわかりました。少ないようですが、実は非常に多い数です。ポリフォニーが完全に分断されます。

ポリフォニーを弾く場合ですが、自分自身が評論家にならないとほんとに基本的なところで崩れます。そうなればこれは演奏ではなく遊びになってしまいます。chiakiの貴重な2週間を私がつぶしてしまったのです。

譜面だけみればたいしたことないように見えますが、ある音を残しながら(音をのばす)他の音を弾くのは相当難しいのです。しかも小節間にわたってタイで結ばれていることが多いですから音価がいい加減になっても、気が付かない場合が多いのです(正確に弾いても弾かなくても結果は変わらないように響きます)。

バッハを指導する難しさはこの辺にあります。3声のシンフォニアを手掛けていますとこのようなことは未然に防げるのですが、今はそんなことをいい訳にすることはできません。

chiakiの本日(2月26日)の練習時間ですが、8時から11時半、12時半から16時半、17時から18時、18時半から21時となっています。わずか3カ所の為にこれだけ練習しなければならないのです。演奏は一度覚え込んだものを修正するのがもっとも難しいのです。

私は子供に謝ることなど滅多にない(約束は必ず実行しますので実をいいますと謝った経験は記憶にありません)のですが、今回は娘に謝りました。「私の指導が間違っていた」と。これが効いたのでしょうか。それで上記のような練習時間となったのです。一刻もはやく修正したいと願うchiakiの私への配慮です(まだ本人からそのことを確認していませんが)(本日は仕事のためchiakiとは電話でしか会話がありません)

ここで、私も親馬鹿になります。心の病ながらもchiakiもずいぶん成長したものです。

ところで、修正の対処方法ですが、これは暗譜しかありません。楽譜をみながら弾いて尚かつポリフォニーの音価をチェックできるの常人には不可能です。chiakiは常人ですので暗譜が最高の対処方法になります。(指を動かすだけでも大変なことなのですが)

2006年2月22日 (水)

レッスンの余白から

chiakiです。父がピアノのレッスンをしてくれるようになってから、そろそろ1年です。

いくら練習しても怒られ、注意され、ほとんどほめてくれず、父とのピアノレッスンは何度も厭になりました。練習帳(レッスンノート)も書くのが面倒くさいだけで、一体何の役に立つのだろうとピアノの練習は疑問だらけでした。ある晩、父にそのことを話してピアノの練習は止めるつもりでおりました。ところが父からでた言葉はそんな目先のことではなかったのです。「ピアノは単に通過点に過ぎない、chiakiが生きていく上での方法論を教えるから頑張って欲しい」との激励でした。「ピアノはchiakiがもっとも得意にしているもの、その頂点まで道案内したい。」「いつか、どこかで、chiakiがピアノで見直される日がきっと来る」・・と続き、こんなにも自分のことを考えてくれている父に付いていくことに決めたのです。そのレッスン方法については、よく怒鳴るため、家族から再三再四にわたって改善忠告があり、父に非難が集中しましたが、父は「音楽のことは二人にしかわからない」といってやり方は変えませんでした。私は「私が変わらなければ」と必死で練習しました。曲がうまく弾けると父はとてもほめてくれますが、ミスには容赦がありません。

弾けたと思ったら新しい課題(新曲)を持ち出します。無味乾燥な曲はひとつもなく、全てが名曲といっても過言でありません。課題の連携にも最初は気づきませんでしたが、ある時説明を聞いて、見事なまでの設計図(プラン)が父にあることがわかり選曲は父に任せています。それでも数曲の中から私が選ぶように最近ではなってきています。

父のおかげで夢だった「パルティータ2番のシンフォニア」も「イタリア協奏曲」も弾けるようになりました。イギリス組曲第2番のプレリュードもあと少しです。バッハの名曲をこれだけ弾くことができるようになったのも、あの時やめなかったからです。

父からこんなことを告白されました「病気にならなかったら、これだけバッハを弾けなかっただろう」。私の思いは複雑ですが、核心をついていることは確かです。

chiakiのレッスンノート

上記のようなことは、音楽をやる上で当然のことですが、今ではchiakiはこれらのことを相当意識して練習していますが、昨年(2005年)5月時点では、これらの内容についても細かい説明が必要だったのです。「美しい音とはどのような音か?」「chiakiの音は何故美しくないか」を具体例で示してあげなければならなかったのです。

これはいくらCDを聴かせてもダメで、目の前のピアノで示さなくてはなりません。なおかつ、chiakiが今(当時)出している音を私が再現して、いかに美しくないかを説明しなければなりませんでした。当たり前のこと当たり前に証明することがいかに難しいかをこの時痛感しました。これは音楽センスは関係なく普通に感じる美しさでこれですから「音楽的美感なんて」当時は遙か彼方のお話しでした。

本人のたゆまぬ努力により、今では音楽的美感も相当判断できるようになりましたが、私が手を抜けばそれでストップします。指導するといっても私自身の音楽センスが問われているのです。指導方法もそうです。音の間違いには細心の注意が必要ですし、装飾音記号の読み方、特殊な音符の記譜のリズム処理、代替運指(楽譜の運指はあくまで一つの提案です)など、指導が問われている場面は多くあります。
さらには私の指導のバックボーン(どのような資料に基づくものなのか)までも問われる場面もままあります。

chiakiにピアノの指導をし始めて、ほぼ1年になりますが、注意してもすぐ修正できないこれは技術の問題なのですが、chiakiの場合はもっと初歩的な、「間違いと認識する」「正しく弾くにはどうしたらよいか」「何故間違うのか」このあたりまで言及しないと修正できなかった(今もそうですが)のです。品質管理の手法PDCAサイクルの話もしました。知識としては理解できてもピアノではその方法を用いることができないのです。その最たるものが間違いの原因分析です。コンサートでのミスは許されますが、練習でのミスは恐ろしくモチベーションを下げます(これには異論があると思いますが私のポリシーです)。

レッスンは「楽しく、明るく」がモットーですが、娘chiakiにとってこの1年は私の厳しい指導に耐えた1年だったと思います。私も何度も、「何故もっと優しく教えてやれないの」と叱責するもう一人の自分との戦いでもありました。こんなHPを作成することができるのも回復、成長した娘chiakiの今があるからです。

2006年2月18日 (土)

chiakiのピアノレッスンHP更新しました

こんばんは。chiakiのHP更新しました。こちらからどうぞ。

chiakiのピアノレッスン イギリス組曲第2番 サラバンド

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こんばんは、chiakiです。今回はイギリス組曲第2番から「サラバンド」を紹介致します。楽譜に2005年11月22日とありますが、未だに父からOKがでません。同時期にイタリア協奏曲第1楽章、イギリス組曲第2番のプレリュードを練習していましたので、練習時間が少ないので当然かもしれませんが、それより遅い曲が苦手なのです。和音を弾くのも下手なんです。

ペダルを使ってもいいのですが、ペダルに頼らない「レガート」を修得するのが本曲の目的でもあります。バッハのサラバンドの中でも最高に美しいサラバンドの一つです。「chaikiにはまだその資質が備わっていないが、そんなことをいってたら永遠に弾く機会がなくなる」と練習を始めました。

最初の1小節だけで1時間を費やしたレッスンもありました。ファの音を効果的に響かせなければいけないのですが、それがうまくできないのです。プロとアマチュアの違いは、こういう音の響かせ方にあるとも言われました。

もちろんchiakiはプロになるわけではないのですが、それを言いますと「それでは、人に聴いて頂くのが、失礼にあたる」と反論されました。

まず何故このファを効果的に響かせなければいけないのか、それがわかっていないと弾けるわけがない、と言われたのです。理由と尋ねると「美しいからだ」と答は至極簡単。

どっちが美しい響きか試してみようと、父が弾いてくれましたが、なるほど確かに違います。どのように弾くのかを尋ねたところ、その方法を見つけるのがピアノの練習だと、禅問答みたいな話になってしまいました。

具体的にはファの音を浮かび上がらせるように(但し和音の中で一番大きな音ではない)弾くのです。うまく説明できないのですが、「スモークサーモンにのっているキャビア」のようなものだとも言われました。これには納得ですが、ますます弾き方がわからなくなってきたのですが、父の言葉をイメージしながら練習していきますとそれらしい響きになってきました。

ともかく遅い曲は難しいです。和音を美しく響かせるのも難しいです。でも少しずつではあるが確実に進歩していると言われていますので、あきらめずに練習しています。

2006年2月13日 (月)

ゴールドベルグ変奏曲 1954年

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こんばんは。最近入手したグールドの「ゴールドベルグ変奏曲」の1954年カナダCBCに残した録音をご紹介致します。

noteゴールドベルグ変奏曲 1954年録音
note前奏曲とフーガ第14番(平均律クラヴィア曲集第2巻) 1954年録音
note前奏曲とフーガ第7番(平均律クラヴィア曲集第2巻) 1954年録音
note前奏曲とフーガ第22番(平均律クラヴィア曲集第2巻) 1954年録音
note前奏曲とフーガ第9番(平均律クラヴィア曲集第2巻) 1952年録音

ゴールドベルグについては1955年、1981年ほど「アクが強くなく?」テンポも極端ではありません。が、個性開花に突き進んでいく片鱗があちこちにうかがえます。グールドの強すぎる個性に押されっぱなしの方にはちょうどよい演奏だと思います。要するに「我々普通の人」には理解しやすい演奏だと言えます。

テンポも極端に速くなく、遅くなく、特に25変奏など適度な遅さで、嘆きのアリアともいうべき歌を聴かせてくれます。

ところで平均律がおまけのように収録されていますが、まず選曲がすばらしく、14番の前奏曲など涙が出そうになるほどです。グールドってこんな演奏するんですね。弱音の使い方が絶妙です。

グールドが超天才ではなく普通の天才の頃の演奏・・ちょっと例えが変ですが、凄く身近に感じました。

2006年2月11日 (土)

chiakiのピアノレッスン 私のバッハ=子供の頃

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こんにちは、2月9日(木)作業所で、皮むき器で左手の親指を切ってしまいました。ご丁寧に爪まで切ってしまい、3針縫いました。ピアノの練習をどうしようかなと思っていて、父に相談しますと、今やっている曲は右手で2声をひきわけしなければならないから、ちょうどよい機会だといわれました。というわけで両手では練習できませんが右手だけで練習しています。

指の練習として毎朝やっているバッハ=ブラームスのプレストは右手がオリジナルのヴァイオリンの音符ですし、両手だと速いテンポで弾くのは難しいですが、右手だけだと結構速くひけますので、ストレスはありません。

ところで、今回のテーマですが、私は小学校2年生から、いきなりバッハのインヴェンションを始めました。理由はわかりませんが、初見で半分ほど弾けたのです。とても充実した瞬間でした。父がとてもほめてくれたのを、今でも覚えています。

ところが、父はインヴェンションを継続して弾かせてくれませんでした。そこで与えられたのが、写真の3冊の楽譜です。左から「アンナ・マグダレーナの音楽帳」より24曲の小品集(メヌエットなど)、「小プレリュードと小フーガ」、サティー「こどもの音楽」です。サティーが入っているのが何だか変ですが、この曲集は左手と右手が「対話」しているように作られています。

この3つの曲集はピアノの先生では習っていませんで、あくまで私の「お遊び」だったのです。ところが弾いていくうちにすっかり「はまって」しまい、レッスンの練習よりこちらの「お遊び」の方が楽しくなっていたのです。

私は物事を深く考える方ではありませんが、今から考えるとどうも「父の計略」のような気がします。シュバイツァーの言葉も聞かせてくれたのもどうもその計略の一環ではないでしょうか。グレン・グールドのLDも最初は犬が大きなあくびをしていたのを見るのが面白かっただけなのです。

とはいえ、昨年からバッハの色々な名曲を弾けるようになったのも、この子供時代からの経験が役にたったのではないでしょうか。そうそう、もうひとつバッハをピアノで弾くときにいいことがあります。ペダルを使わなくて済みますから楽なんです。(この考えが厳密にいえば正しくなく、ペダルを使わないことがいかに大変かは、ずっと後になってわかりましたが)

2006年2月 7日 (火)

chiakiのピアノレッスン ホームぺージ作成

こんばんは、calafです。chiakiのピアノレッスンですが、あらためてホームページを作りました。我々親子の記録として作成致しました。

現在は骨組だけですが、ブログでは書ききれなかったところなどを書いていきたいと思っています。左のリンクの最下段をクリックしていただくか、こちらからどうぞ

2006年2月 6日 (月)

chiakiのピアノレッスン インヴェンション第15番

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こんばんは、chiakiです。今回は前回に続いてインヴェンションの15番です。ロ短調で書かれたリズミックでありながら、メロディーラインが美しい曲です。グールドの演奏を聴いて早く弾きたいと思っていた曲でした。

後半には転調するところがあるのですが(楽譜右側○で囲んでいる部分)、現代音楽の無調のような響きがあり、また運指も複雑になるのでずいぶん練習しました。最初は自分が弾いている音が間違っているのではないかと思ったぐらいです。

父のレッスンも案の定ここに集中しました。右手と左手がバラバラだから、ゆっくりと合わせて弾くように言われましたが「響き」が理解できないため、何度も何度も繰り返しました。

うまく弾けると音が入り組んでいるのが弾いていてもわかります。ただ未だに美しいと感じることができません。弾きこんでいくと美しくなるらしいです。この辺が父とは天と地の隔たりあるので、センスの差はどうしようもないと思っていたのです。

ところがそのことを父に尋ねますと、「何回もCDを聴いていけば自然に美しいと思うようになる」とのことでした。但し「聴くのと弾くのは別だから、美しいと感じさせるには相当の練習が必要」とも言われました。

2006年2月 4日 (土)

chiakiのピアノレッスン インヴェンション第2番

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こんにちはchiakiです。今回のレッスンはインヴェンションの2番ハ短調です。楽譜を見れば易しそうですが、なかなか厄介な作品です。左手の装飾音を弾くときに右手が乱れてしまいます。すでにハ短調パルティータのシンフォニアを弾いてきていますので、簡単かと思っていましたがそうではありませんでした。

優雅に歌わせて、なおかつ装飾音が弾まないように、文字通り「装飾音」となるのに相当時間を費やしました。特にいつも指摘されることですが、右手と左手のハーモニーを感じるかどうか、いつも尋ねられました。

自分が感じないのに、聴いている人が感じるはずがない・・さらに自分でなんて美しい響なんだろうと自画自賛するくらいでないと、とても人には聴いてもらえない・・これも納得です。

私自身はインヴェンション15曲のなかでこのハ短調がもっとも美しい曲だと思っています。

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