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2006年3月27日 (月)

グレン・グールド論

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宮澤淳一さんの「グレン・グールド論」です。宮澤さんはグールドに憧れ、彼のことをもっと知りたいという一念からグレン・グールドを巡る様々な資料を駆使して彼の実像に迫ります。

第1章 聴き手とは誰か
第2章 演奏論 ゴールドベルグ変奏曲をめぐって
第3章 アイデンティテキ論 グールドはなぜカナダ人なのか

第1章ではコンサートドロップアウトに至る経緯と電子メディアにかかわるグールドの予想を中心に展開していきます。

第2章ではゴールドベルグ変奏曲を敲き台にバッハをピアノで演奏することの是非、ゴールドベルグは誰の影響を受けたのかテューレック(グールドが影響を受けたといっている)の意外な本音も発見できます。もちろん再録音の動機なども詳細に検証されています。

第3章ではグールドが残したラジオドキュメンタリー「北の理念」を通してカナダ人であるグールドを地理学からも分析しています。

約500頁ある大冊ですが、索引に19頁、出典に110頁費やされておりグールドを知りたいむきには格好の資料になるでしょう。

正直読後感は重苦しいものがあり全体の7割ほどは義務感で読みました。ですから頭にはほとんど入っておりません。私はグールドがピアニストとして好きですが、私の興味はただひとつ「どういう風にすればあのような演奏ができるか」だけで思想家、作曲家など多面的だった演奏以外の部分にはほとんど興味がありません。

グールド関係の本は大抵持っているか読んでいますが、新しい発見は多くありました。Glenn・Herbert・Goldとして生まれるが5,6歳の頃一家は性をGouldと改める(ユダヤ人と誤解されるのをさけるためか)。

またゲレーロの兄弟弟子ジョン・ベックウイズが「グールドは自分の受けた教育について語るときには師ゲレーロについては名を伏せるか、まったく言及しないかどちらか」と語っています。グールドが若い頃用いたゴールドベルグの楽譜はシャーマーのカークパトリック版であることも示唆しています。(全音のカークパトリック版は翻訳版になります)

期限がありますので今回は一旦返却しますが、これから何度も借りることになるでしょう。そういえば伝説の誕生ということで1955年の録音とインヴェンションなどのアウトテイク集、及び55年盤の当時の写真資料等豪華ブックレット付きで日本盤がもうすぐ発売になるようです

ムターのモーツァルト

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こんにちは。今日は昼間時間がありましたので、昨年末から話題の多いアンネ・ゾフィー・ムターのヴァイオリン協奏曲集・ヴァイオリンとヴィオラの為の協奏交響曲のことを少し書いてみたいと思います。指揮者はムターが兼任、ヴィオラはバシュメット、ロンドン交響楽団です。

私のお目当ては協奏交響曲です。特に第2楽章なんですが、冒頭からムターの鼻にかかった歌謡曲が何ともいえません。聴き方によっては飾り窓の娼婦が手練手管を尽くして男を誘いにかけているようにもきこえます。それに反してバシュメットは毅然たる態度で応答するのですが、オペラの一コマのようです。

それにしてもブックレット(上記)の写真は美しすぎて眩しいくらいです。ヴァイオリンの音も芳醇で、3番第2楽章で第2テーマをpで繰り返すところがあるのですが、染み入る音で耳をそばだてます。

スタンダードで持たれるも良し、他の名手に加えるも良し、どの曲も満足度の高い演奏です。更にオーディオ好きな方には特に満足度が高いと思います。

曲は従来通りで協奏曲は1番から5番までです。

2006年3月23日 (木)

私の工作

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こんばんは。久しぶりで、といっても何日か前のピンケーブル以来ですが、工作をしました。上のアルミ色のアンプが下のように化粧をしました。何だかミキハウス的(これがわかる人はお母さんかお父さんですね)ですが、一人で気に入っています。スピーカーのバッフルと同色にしてボリュームノブを赤にしたのです。

ご存じのように緑と赤は補色の関係にありますので赤が特に綺麗に見えるように錯覚します。不思議なものでCDの音まで美し感じます。

3年前に体調を崩し、精神科医から何事もほどほどにするようにアドバイスを受けており、最近は自分で聴く音楽、オーディオ、読書は絶頂期の半分ぐらいに押さえているのですが、それでも、こうやってたいしたものでなくても工作するようになったことは自分自身、ある種の復調を感じます。

自分自身の趣味は半分に減りましたがその分chiakiのピアノレッスンに注力していますので、娘が次々とバッハを弾きこなしていくのを聴けることは他に代え難い喜びがあります。レッスンするには私自身も絶えず勉強しなければなりませんが、自分自身のためだけでなく、娘にも役立つと考えれば、モチベーションは自ずと高まります。

余談ですが、先日紹介した4種類のケーブルの、音の違いはものの見事聞き分けます(私はできません)。それなのに自分の音は聞き分けられない(美しい音をだすことはまれ)のは不思議です。

2006年3月19日 (日)

親娘ともぐったり

こんばんは。朝からchiakiのピアノを録画するために部屋の片付け、ビデオカメラの準備等おおわらわでした。バッハのパルティータ第2番からシンフォニアを録画したのですが、パソコンに取り込んだ時点で録画の失敗と判明、二人ともぐったりで娘は今(午後7時前)寝てしまっています。

何度も弾き直した娘には悪いことをしました。3年ほど録画していませんのでビデオカメラのメンテナンスが悪いようです。ヘッドのクリーニング(メーカでの)が必要です。ビデオでしたら私が編集できますので、楽だったのですが、思うようにはいきませんね。

結果的に気づいたことがあります。かなり弾き込んでいるはずのシンフォニアでさえも1ヶ月も弾きませんとボロボロとまではいわないまでもかなり(2カ所から3カ所)疵(きず)がでます。

chiakiといえどもかなりあがります。その例として、いつもよりテンポがおそく慎重になりすぎます。それが却ってミスと誘発します。お互い反省いたしました。後ろで私が小さい声で歌っていたのですが、うるさいことうるさいことグールドどころではありません。これも大きな反省材料です。

目論みはシンフォニアのレッスン風景とシンフォニアの演奏でした。が見事に失敗しました。次回はまた音だけの録音の戻ります。ほんとに疲れました。

2006年3月17日 (金)

chiakiのピアノレッスン イギリス組曲第2番 プレリュード

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こんにちは、chiakiです。今回のレッスンはイギリス組曲第2番からプレリュードです。昨年の11月から練習を開始しましたが先日やっと終わりました。譜読みは早くからできていましたが、ともかく長いのでそこかしこに綻びが出ました。できたと思っても何度も修正の繰り返しでした。イタリア協奏曲の前にバッハは協奏曲形式でこのプレリュードを作曲していたのですね。

極端に難しいところはありませんが、部分的に4声になるところや音を保持するところで指替えをしなければならなかったり、両手で16音符を弾く、一見ユニゾン風なのですが微妙に左右が違うところがテーマのリズムを弾き終わったところで二度でてきます。4時間くらいこればかりやったこともあります。たった3小節なのに(涙)

終了したといってもまだまだ弾きこみが必要で条件付き終了となっています。どうしてもミスがでるので運指を父に替えてもらったところが1小節あります。もっと早くに運指の修正を相談しておけばよかったのですが、上手く弾けたら終了という段階になって破綻がでたのです。

楽譜に書いてある運指を守って弾いていっても上手くいかないところがあります。そこは父に相談して運指を修正するのですが、上手くいったと思ってもテンポをあげると破綻がくる運指も中にはあります。今回はまさにそれでした。

父はギターで運指には相当苦労したようで、その経験からでしょうか運指にはいろいろなパターンの提案をしてくれます。どうしても弾けないので相談してみて、以前に紹介したポゴレリッチのDVDを見たとき、替え指のタイミングまで同じでした。父はポゴレリッチのビデオは持っていませんので、尋ねたところ、偶然だろうといっていました。

この曲を一言で表現すれば「推進力」。うまく弾けば「乗る」曲ですが、タッチがまだまだなので美しい音で弾くことが今後の課題です。自分では相当美しく弾いてつもりなんですが、アルゲリッチのCDを聴くたびに反省しています。

プロだから当然・・そんな風には私は考えません。ピアノでこういう風に弾ける可能性が私にもある・・という風に考えるようにしています。

長い旅が終わったのではなく、今から始まった、父のレッスンが終了した時そう思いました。19日の日曜日にビデオ収録(父が録ってくれます)しますので、この曲をご披露できるかもしれません。

2006年3月15日 (水)

誕生日

I3bliktc こんにちは。今日は息子の誕生日です。私の誕生日でもあります。共に干支は辰であります。左の写真はオーディオ用のピンケーブルでいずれも自作品です。

まったく知識のない方に説明しますとCDプレーヤーとプリメインアンプ、あるいはCDプレーヤーとプリアンプ、プリアンプとパワーアンプをつなぐラインケーブルです。

市販品は300円から100万円(間違いではありません)ぐらいまであります。オーディオをなさらない方は「きちがい沙汰」であります。マニアというくらいですから狂信的なことは間違いありません。

ケーブルを変えれば音は変わりますが値段に比例して音がよくなるわけではありません。決定的なのは音がほとんどよくなっていないにもかかわらず、「あなたにはそれが聞こえない」という脅し文句です。もちろん物性に驚くべき数値差はありません。それどころか、音質は測定できないとまで断言しています。

騙されて高い金を出費するのもまたオーディオの楽しみです。こうなれば相当レベルの高い自虐族の集まりですね。私のケーブルはそういう高級ケーブルを思い切りやすく自分で作ってしまおうという節約主義からきています。

上から順に品川電線の3.5スケの撚り線と1個30円のピンプラグです。上から2番目は2スケのスピーカーケーブルでOFC(無酸素銅)とピンプラグは1個100円。3番目はケーブルは2番目と同じですがプラグにスイスのノイトリックのプラグ(アース側が先に接触)をおごっています。プラグは1個2000円強。4番目は電話線(単線)と1個30円のプラグでケーブルはただみたいな値段です。OFCケーブルは6N(99.9999%純度の銅)ですので1m1000円以上しますが、いずれにしても2本一組でも何万円にもなりません。

さて比較試聴ですが、電話線のケーブルが大変健闘しています。ノイトリック6Nケーブルと遜色ありません。息をひそめて聴いても違いはわずか、それも決定的なものではなく好みの範疇にはいります。

私は自作のケーブルをもって他流試合をやりますが、その時の秘密があります。とびきり録音のいいソフト(CD)とボリュームを上げて聴きます。こうすると大概勝ちます。

オーディオは投入する金額には音質はリニアには比例せず、対数関数(10と100と1000がそれぞれ1,2、3に対応)よりまだ低いかもしれません。

よい音であることを証明する為にメーカーが新しい理論を提唱(たんなる思いを言葉にしただけ)し、それを評論家がよいしょし、もしわからなければ「あなたはオーディオ経験が少ない(言外に投資金額が少ない)と脅すのです。

また違いがわからなければ、とぎすまされた感性が必要とまた脅し(そんなもの必要ありません)、聴いているソフトはただひとつ美空ひばりだったりするのです。ショパンに通暁していると自慢しているので尋ねてみるとピアノ協奏曲は2番の方が後から作曲したと仰います(事実は逆)。

ラジカセでマーラー、ブルックナーを聴いてオーケストラのスケール云々も滑稽な話ですが(オーディオ的な見方では)、たぶんこういう方はライブをご存じなんでしょう。音響の倍率を自由に変えることができます。

ラジオで聴いてもどこでピアノのペダルを踏み替えたのかわかる人はわかりますし、1千万円のオーディオ装置でもわからない人にはわかりません。音ではなく音楽を聴きましょう。

光子さんのベートーヴェン

Jfb1hwob こんにちは、今回は内田光子さんのベートーヴェンの最後の3つのピアノソナタ(作品109、110、111)を紹介致します。ジャケットの顔写真を掲載しないのは彼女に失礼かもしれませんが、それには理由があります。

ドビュッシーの12のエチュードの彼女のCDを覚えていらっしゃいますか?美しい指がジャケットでした。このCDはLDでもリリースされ、彼女のピアにズムがあますところなく語られ、名演の誉れ高い盤なのですが、何と私はこの演奏が嫌いなんです。彼女のペダリングはかこの巨匠の仲間入りするぐらいの、巧妙かつ繊細、アイデアだけでも並のピアニストの及ぶところではありません。それを認めた上で嫌いなんですから私が馬鹿というほかありません。

話がそれました。ともかく彼女のしなやかな指が大好きです。肝心の演奏ですが、3曲を通じて音が美しい(物理的にも)。特にpからppのかけての美しさは病みつきになるぐらいです。

作品109の第1楽章の彷徨と幻想、同第3楽章は海よりも深く水平線よりも広く、空よりも高く・・。後の2作品とも言葉がありません。但し作品110の嘆きの歌が戻ってくる経緯は私には不満で、70歳を過ぎた彼女の演奏に期待します。私の独りよがりですが、フーガで天上界に一旦は連れられていったのですが、それが儚い夢でまた悲しい現世に戻って来て・・夢が覚める・・をイメージしています。

作品111の変奏曲は特にトリルはもう完全にあの世に連れていかれてしまいました。私の大好きなバックハウスのカーネギーホールライブ盤以来のことです。

2006年3月13日 (月)

ピアノを弾く身体

Vord1lwi こんにちは。重い内容の本ですが、読み終わったので紹介することにします。タイトルは「ピアノを弾く身体」です。代表著者は岡田暁生(おかだ あけお)さん。アムランを有名にした大学の先生です。岡田さんをはじめとして7名の著者で構成されております。

ピアノを弾く立場から観た音楽鑑賞論になっています。ですからピアノを弾けない、弾かない人は読んでもわかりにくいかもしれません。序に、

■先生から与えられた曲を一生懸命にさらい、それなりに「弾けて」いるのだが、弾いていて一向に自分で楽しくない人
■先生から「もっと心を込めて」などと注意を受けるのだが、一体どうやれば「心」とやらを指先へ伝えることができるのか、皆目見当がつかない人
■チェルニーの練習曲は達者に弾けるのに、どうしてショパンやドビュッシーの「簡単な」曲でひどく苦労するかわからない人
■楽譜の指使いは絶対守らなければならないのか、それともミスしなければ指使いはどうでもいいのかわからない人
■なぜハノンなんぞを、指を高く上げて、大きな音で長時間練習しなければならないのか(あるいはいなくてもよいのか)一向に理解できない人。

に本書を薦めています。

読んだ結果はどうか。「目から鱗」であればよろしいのですが、私にとってこの本の内容はピアノを始めた時から疑問に思っていたことが多く語られており当時は「ひとりよがり」と酷評された私のアイデアも追確認できた次第です。

特に「ハイフィンガー論」では、自他共に戦後のピアノ演奏、ピアノ教育に君臨した井口基成(いぐち もとなり)の来日したピアノ演奏会の批評で以下のように書いています。

ここで、どうしても、もう一度言いたいことは、一口に言えば、ピアノというものは、たたかなければ、音が出ないということ、つまり、なでるのでは駄目だということである。そして、誰しも、一つの方法、例えば綺麗ないい音を出す方法を悟ると、それから或る動きのつかまえ方を知ると、言いなおすと、ピアノのポジションを持つ弾き方(悪くいえば、さぐる弾き方、ギーゼキングにも感じられたが)これは正当な努力を何処かでおきざりにし、途中でいち早く甘い果実をもぎとった、悪魔に魂を売った者のような気がしてならない。僕は何時も、こうした行き方に抵抗しているつもりだ。「音楽芸術 1950年 7月号 『バックハウスのピアノ』より」

上記は誰への批評だと思います?何とバックハウスに対してなんです。

中村紘子さんは著書「チィコフスキーコンクール」の中でハイフィンガーを問題に取りあげましたが、別の著書で井口愛子(井口基成夫人)井口秋子(妹で中村さんの恩師)も含めて海外の情報が入ってこなかったのは時代の不運と書かれていましたが、不運でなんでもなかったわけです。(新しい奏法が日本に定着しなかった理由として)

ハイフィンガーの指導を受けてピアノ愛好家(専門家も含めて)お気の毒としかいいようがありません。ひとつのメンタリティとしてピアノが伝統芸能のお稽古ごとして日本に定着したこと無関係ではなさそうです。ですから井口一家に責任は負わせられません。

愛されたかったモーツァルト

こんばんは。今週は何も書くことがなくて、ほったらかしでした。現実にはたくさんテーマがあるのですが、どれも重いものばかりで書く気がしない。いつも拝見している青柳いづみこさんのブログでムジカノーヴァ(ピアノの専門誌)に掲載された原稿をトラックバック致しました。愛されたかったモーツァルト

「子供が弾くにはやさしすぎ、大人が弾くには難しすぎる」モーツァルトですが、その理由を明解に述べられています。

女子フィギュアスケートの例をあげてモーツァルトの子供の演奏と大人の演奏の違いを語るのには、驚きました。実にうまい例えです。

話は変わって、娘が今ショパンのエチュード作品25−6に取り組んでいるのですが(3度の難曲?)あまりにも簡単に弾いてしまうのであっけにとられています。もちろんインテンポでは弾けませんが、もっと苦労するはず算段をしていたのですが目算が完全にはずれました。この1年間娘はバッハばかり(例外としてベートーヴェン1曲)練習しており、ハノン的なものやっておりません。

バッハ効果がこんなところにも現れています。ショパンが絶えず平均律を携えてコンサート前の準備に弾いていたとか、バッハを弾いていれば指の練習などする必要がない(グールド)、音階と平均律が私のテクニックの基本(バックハウス)など、実感しています。

その代わりに3声を弾くのに難儀しています。200小節近くあるイギリス組曲第2番のプレリュードを弾いているのに16小節程度の曲に四苦八苦しています。指が動いても「この音のがのびていない、あの音はタイだから弾く必要がない、こちらの音は右ではなく左手で弾かなければ、等々基本的かつ重要な課題が山積しています。

今日はレッスンの替わりに、「ストレスを発散させる曲」を娘に紹介しました。何だと思われます。娘は逃げては却ってうまくならないと言っていましたが(これも真理です)やはり、感情をたたきつける曲が必要です。それと同時にオクターブと跳躍の練習も兼ね備えた曲があります。しかも欲張りな発想で、アンコールにうってつけの曲なんです。

最初はベートーヴェンを考えたのですが「月光の第3楽章」「テンペストの第3楽章」、「熱情の第3楽章」などですがオクターブと跳躍の練習を兼ねたスクリャービンのエチュード作品8−12に決めました。楽譜をみて目を輝かせておりましたが譜読みが大変です。ここでの必要な技術はほとんど身につけておりませんし、私も教えられるだけのものがありません。あるのはCD、LDだけです。1年くらいかかりそうです。

2006年3月 7日 (火)

弟子から見たショパン

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こんにちは。久しぶりで本の紹介です。この本は1983年に出版(日本語版)されておりましたが、原書が1988年に改訂されたことにより新たに増補・改訂版として訳されたものです。

ショパンを弾くときの一種のバイブルのような存在で多くのピアニストに読まれています。カツァリスがかつてテレビでピアノレッスンをやりましたが、彼のショパンに関する引用はほとんどこの本からでした。

内容は

■序
■第1部 技法と様式
■第2部 ショパンの作品の解釈
□付録1 ショパンのピアノ奏法草稿
□付録2 ショパンの弟子と近親者の書き込みのある楽譜
□付録3 弟子や近親者の楽譜で運指法や書き込みのある作品
□付録4 同時代の人々が捉えたショパンの演奏 


「序」だけでも注を併せて35頁もあり、これを読むだけでもショパンのピアにズムに触れる(というより深く入り込む)ことができます。

もちろん音楽鑑賞にはこのての本は必要ありませんが、ピアノでショパンを弾くとき、この本は先ほど申し上げたバイブルになりうる本だと思います。

ピアノの音階の練習は普通ハ長調(黒鍵をつかわない)からするのですが、ショパンの教本(草稿)ではロ長調からはじめます。理由は簡単、一番弾きやすいからです。また5本の指はそれぞれの持つ長さも力も同じでないのだから、5本の個性が音に反映すべきだとも書かれています。

均一な音を創るのが音階やアルペジオの練習なのですが、均質な音を創るために練習するのは時間の無駄であるばかりでなく、中指と薬指は腱で結ばれているのだから、完全な分離・独立は不可能であるともいっています。これはショパンのあの難曲揃いのエチュードを考えれば矛盾に満ちた発言だと思いますが、均一であって、均質ではないと考えれば納得がいきます。ですから均質な音を創るためにあえて親指の連続使用なども見られます。

読むには多くの音楽用語の知識が必要ですが、そんなことはお構いなくその都度調べていけば誰にでも読めると思います。

周知のように歴史はリストの奏法が主流となりショパンの奏法は本流となりませんでした。ショパンの奏法はサロン向きでリストのそれは大ホール向きであるといわれていますが、理由はそれだけでありません。

リストは多くのプロの演奏家(後には音楽院の教授)を育てていますが、ショパンの弟子はほとんどアマチュアばかりです。この時代のアマチュアの演奏はプロと変わりませんが、波及効果という意味ではプロにはかないません。

ショパンは裕福な弟子から多額のレッスン料を受けて生活しておりましたが、新作を惜しげもなく弟子に献呈しています。

この本の一番の欠点は値段が高いことです。5800円もします。図書館で借りた方がいいかもしれません。私は改訂前の版は図書館で借りて(半年くらい連続で)読みました。

ジャン・ジャック・エーゲルディンゲル 著
米谷治郎・中島弘二 訳
音楽の友社 2005年12月 第1刷

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