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2006年9月26日 (火)

音楽よもやま話 番外編

こんばんは。今回は題して「音楽よもやま話 番外編」2006年9月24日(日)この日は私の忘れがたい1日となりました。話は昨年の9月に遡ります。オーディオクラブの会が明石であり、メンバーで昼食後「魚の棚」(地元では超有名な鮮魚市場)付近で、喫茶店を探しておりましたら、ふとある名前が目に入りました。その喫茶店で絵画展をしている様子。

中に入り、「この絵画の作者はいらっしゃいますか」とお店の方に尋ねますと、「こちらの方です」と紹介していただいたのが、妙齢の女性。「先生覚えていらっしゃいますか、角岡です」「!?まあ、角岡君!」・・・・「こんなエピソードを覚えていらっしゃいますか」「?今はすぐには思い出せませんが、当時の個人記録は今でも大切に保管しています」

こんなやりとりがあり、44年ぶりの再会は、私もオーディオクラブメンバーの手前、先生も当日が個展の初日ということあり、他のお客様との応対に追われ、芳名録にメッセージを添えて記録するに止めた。

「○○先生、先生は私の『初めての先生です』。40数年たった今でも変わりません」このメッセージは、当時小学校3年生だった私にとって「初めての先生です」ではないのですが、2重の意味を含ませて、私はペンを走らせたのです。

喫茶店での再会から数日経って、先生からお電話があり、喫茶店では、ゆっくり応対できなかったお詫びと、当時の個人記録に、私が話したエピソードが出てきたので、またその喫茶店までの再訪を促すメッセージを、不在の私に替わって電話の応対にでた妻から聞いたのです。

ところが、当時仕事が忙しいということもあったのでしょうか、電話で再会の約束をしたものの、一向にアポイントメントをとらなかったのです。そうこうするうちに、先生から当時の個人記録と、授業日誌のコピーを添えて、再会の驚きを喜びをしたためたお手紙が届きました。ところが、失礼にも手紙のお礼の返事を私はしなかったのです。

話は、今年の9月に戻ります。どういうわけか私の家には毎日相当数の郵便物が届きます。同居している家族が多いので各個人用の整理ボックスがあります。ボックスが一杯になっていたので、不要なものを整理していますと、昨年の先生からの手紙が開封されて残っていました。それとは別にオーディオクラブのメンバーからの個人の写真展の案内はがきをみると予定は9月末まで、先生のお住まいと写真展の場所は同じ垂水(たるみ)、私は即電話をして、写真展で先生と再会する約束をとりつけたのです。

いよいよ当日、私は友人の写真展で再会した後、再会した垂水に在住の別の友人宅を訪問することに予定でしたが、前日その友人から都合が悪くなったとの連絡で、その日の午後の予定は空白になってしまいました。

1時間近く、写真を展示してある喫茶店で先生と思い出話に花を咲かせた後、近くのポルトバザールまで食事にでかけました。下の写真は、その時撮影したものです。デジカメの性能と私の腕前がたいしたことはありませんので、写真は鮮明ではありませんが、アンチエイジングを絵に描いたような方です。

初めての先生であり、初恋の女性でもある○○先生とのデートが実現した楽しく幸せな一日でした。

写真はポルトバザールから西へ、明石海峡大橋を背景に撮ったものです。私の思い出よりも、遙かに美しかった先生でした。
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2006年9月21日 (木)

Dino Ciani

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こんばんは。今回は若くして交通事故で亡くなったディノ・チアーニのCDを紹介します。当CDは6枚組で、ベートーヴェンのディアベリ変奏曲、エロイカ変奏曲、ショパンの24のエチュード、バルトークのソナタ、ハイドンのソナタ第52番、シューマンの幻想曲、同ソナタヘ短調、モーツァルトの幻想曲k475、ソナタK457、スクリャービンの前奏曲、ウエーバーのソナタなどで構成されています。

今回特にお勧めなのがショパンのエチュードです。ショパンのエチュードといえばどうしてもポリーニの演奏が浮かんできますが、表情の細やかさは、ポリーニを上回ります。特に1番、2番(作品10)、革命、木枯らしなどは私はチアーニをとります。歌に揺れがあり、クリスタルなポリーニはチアーニからすれば、冷たく感じられるほどです。作品25−2、作品25−7等は表情の変化、揺れをさらに感じる演奏です。

どちらかといいますと、私は長い間、ポリーニのような、古典的な格調をもつショパンのエチュードを望んできました。それは私がまだ10代の頃でしたが、年齢を重ねるに連れて、好みも少しずつではありますが変わりました。

おりにふれてポリーニ、チアーニの両方を聴きたいですね。

追伸 HMVではチアーニのグラモフォン録音の予約受注を開始しています。絶品と言われたショパンのノクターンが含まれます。予約するか大いに悩んでいます。

2006年9月15日 (金)

ついにその日が来ました。

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こんばんは、今日は感激のレッスンでした。少し前置きが長くなりますが、ご了承下さい。私がchiakiのレッスンを始めたのが、昨年の3月頃です。娘の自立にピアノがきっと役に立ってくるであろうと、確信に近い思いがあったからです。ところが現実は甘くなく、ベートーヴェンから始めたのですが、何か機械的で思うようにことが運びません。指のタッチの悪さは以前から承知しておりましたが、これほどまでとは思いませんでした。音楽が流れないのです。

逆にこのタッチを利用できないだろうかと考えたのが、バッハです。ご存じのようにグレン・グールドが見事なノンレガートを聴かせてくれます。娘の昔からのバッハ好きも幸いしました。どんどん吸収していってくれます。レパートリーもたくさんできました。しかし、タッチのことは絶対に触れませんでした。chiakiの最も好きな、最も得意な曲を修得してからタッチを直そうと考えていたからです。

楽器を経験された方はおわかりのように、一度出来上がった演奏を修正するのは決して容易ではありません。場合によっては指導に対する落胆、反発を招く可能性もあります。しかし、より美しければchiakiも納得するだろうと腹をくくることにしたのです。

娘の現在のお得意はイタリア協奏曲とシンフォニア(パルティータ第2番)ですが、なかでもシンフォニアは6才からグールドの映像をみて憧れを持っていましたので、その練習量は並はずれています。特に最終のフーガは例え演奏中、止まってもどこからでも弾けます(そういう練習をしてきました)。

ところが、劇的なアダージョ・グラーヴェと最後の嵐のようなフーガの間を取り持つ、アンダンテ(アルマンド風に演奏します)が音が硬く、汚く、音がとぎれます。ノンレガートではなくスタッカート気味で、いくらノーミスで弾いても私には耐えられない音でした。

昨夜から、修正し始めたのですが、今夜、レッスンに始めるに当たって、
「とうとうこの日が来た。パパはとても嬉しい」「この意味がわかるか?」

「タッチを直すことはわかるけど、この日が来たというのはわからない」

「おまえにレッスンを始めた理由はバッハを教えることではなくタッチを修正するのが目的だったんだよ」

アンダンテのレッスンは1時間半ほど続けましたが、とても精神力が持ちませんでした。簡単に修正できるものではないからです。私が見本を聴かせるのですが、すぐもとのタッチ戻ってしまうのです。さすがにイライラしてきたらしく、予定より早く切り上げました。美しさは理解できたようです。今日の時点で私の思っているタッチの約7割の完成度です。

娘よ、chiakiよ、がんばれ! 

2006年9月11日 (月)

36年前

こんばんは。今日はとても有意義な1日でした。仕事がとても早く終わりましたので。午後からもう1台のパソコンへオフィスなどのソフトを多数インストールしました。
以前に書きましたが、このもう1台のパソコンは瀕死状態で、とりあえずハードディスクを交換したのですが、マザーボードからビデオ関係のエラーがあるということで、警告音が鳴りっぱなしで、ウインドウ自体が立ち上がらなかったのです。

ところが昨日でしたが、何とうまく立ち上がるではありませんか。ところで今日は娘がダイエットの為にクリニックに通う日に当たり、夕方のレッスンはありません。ですから時間はたっぷりとありました。

先日18歳の息子と長時間話し込んだので、18歳の頃の私は一体どんな風だったのだろうと、数少ない写真をとりだしてみました。1970年12月9日と裏側に書いてありました。36年前ですね。大人しい好青年?でしたが、ギタークラブの女性にこんなことを言われました。「とてもいい人なんだけど、お付き合いするのは疲れる」これを聞いた時はさすがにショックでしたが、神経質そうな感じが写真から読み取れます。

ギターとピアノに明け暮れた青春の一頁です。
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2006年9月10日 (日)

グールド 時の彼方へ

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こんばんは。少し入荷が遅れましたが、グールドの「時の彼方へ」がリリースされました。昨夜と今夜で全て見ましたが、とても悲しくなりました。理由は後ほど述べるとして、この映画DVDの簡単な紹介を先に致します。グールドを慕う、何人かの人物の疑問に、グールド自身が、遺された映像、書物、インタビューなどからグールドが応えるといった構成となっています。時系列では、グールド出生から、少年時代、デビュー、ゴールドベルグ変奏曲録音の頃、コンサートドロップアウト、メニューインとのコンサートについての白熱した議論、晩年のゴールドベルグ変奏曲の再録音の頃までとなっています。

各映像はカナダのCBCでの放送、映画、LD等でもおなじみのものですが、グールドの特色を余すところなく捉えておりますので、断片であっても、その音楽つくりは、衝撃を受けられる方も多いかも知れません。

悲しくなったと書きましたのは、グールドの孤独、孤高があらためて映像を見て浮き彫りになったからです。

グールド初体験の方には是非ご覧いただきたい映像ですし、すでに音源、映像をお持ちの方は、俯瞰図として、この「時の彼方へ」は有用性があると思われます。

グールド大好き(それも彼の死後グールドを知った)のロシアのおばあさんは、「グールドの演奏は何時も作曲家を想起させるのです。彼がバッハを弾いていると彼はどこかに消えてバッハだけが残るのです。ショパンを弾くグールドは彼が消えるのではなく、ショパンがグールドになってしまうのです」。

映像の中にべートーヴェンの30番のピアノソナタ第1楽章をレクチャーしながら弾くシーンがあるのですが、私は30数年、この1楽章の意味というか、構造が理解できなかったのですが、今回初めて、その意味が掴めました。

恐ろしい速度でのショパンのエチュード第2番イ短調(家庭録音で音だけ)も初めて聴きました。こんなに猛烈な速度の2番は聴いたことがありません。

まだ1度しか見ておりませんので、どこか見逃しているところがあるかもしれません。また報告したいと思います。

2006年9月 7日 (木)

ついに手に入れました

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こんばんは。ついに手に入れました。アレクサンドル・シロティの編曲(作曲に近いですが)、校訂あるいはエチュードに改作したものを含んだアルバムです。288頁にわたる大冊なので、今回は購入動機、購入の経緯などを書いてみたいと思います。

何度も書いておりますように、出会いは私の最初のピアノ先生が弾いてくれたロ短調のプレリュードでした。この曲はギレリスのアンコールでも有名で、私のホームページで、こだわりの1曲として紹介しています。これも何度も書きましたが先生が弾いてはくれましたが楽譜はなかったのです。先生はギレリスのリサイタルを聴いて覚えたそうです。いずれ楽譜にすることを約束しながら、先生は私を置いて先に天国にいってしまいました。

1998年インターネットをやり始めてすぐ、音楽掲示版でこの曲を探していることを書き込んだところ、横浜のあるかた方からアメリカの音楽雑誌の付録ですがといってコピーを送って頂きました。カール・フィッシャーのシロティの楽譜は長い間(本当に長い間)絶版でした。ところがある巨大ピアノサイト(日本人です)で、ピアノの編曲作品を一般公開、世界中から超レア、超コアな楽譜が集まり出したのです。このサイトで楽譜を入手した有名なプロのピアニストはたくさんおります。

ピアニストの需要を察知した出版社も動き出したのでしょう。このアルバムは2003年の出版になっています。シロティの伝記作家でもある、チャールズ・バーバー博士の功績です。

30年以上も前のことですが、当時このロ短調のプレリュードはギレリス、ワイセンベルグ、そしてなんと宮沢明子さんがレパートリーにしていました。

ところで、このアルバムは39.95ドル(4700円弱)ですが、アマゾン(アメリカ)では26.37ドル+送料11.48ドル=37.85ドル(4428円)で済んだのです。DHL経由で日本の郵便局から届きました。因みに国内の価格はデイアレッツォ=8278円、アカデミア。ミュージック=7590円もするのです。暴利をむさぼっているという感じです。

次回はアルバムに収めてある曲の紹介です。

2006年9月 2日 (土)

クラウディオ・アラウのシューベルト

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こんばんは。最近、何度も何度も聴いているピアノ曲があります。3年ほど前に香港へ行った時に現地で買い求めた「クラウディオ・アラウの10枚組」が長い間聴かずにそのままになっておりました。

また鬱の真っ最中でしたので、今から考えますとよく購入できた(購入する判断力があった?)と思います。画像でおわかりと思いますが、フィッリプスからリリースされたものですが、フィリップスだけでなく、ドイツグラモフォンの録音も音源に含まれております。録音は1953年から1991年までの期間です。

本日の記事はその中のシューベルトです。「3つのピアノ小品D946」という作品があるのですが、その第2曲「アレグレット」にすっかり夢中になっています。第1曲目のアレグロ・アッサイは20年くらい前でしょうか、ポリーニがリサイタルで何度も弾いていたのを聴いたのが最初です。

2曲目のアレグレットは初めて聴いたのが何と昨年です。小菅優さんのCD(ドイツで録音され、リストのスペイン狂詩曲、ラフマニノフの楽興の時が入っています)で、初めて聴いたのです。

その後友人宅で内田光子さんの録音も聴く機会がありましたが、小菅さんの方が遙かにいいなと思って、曲の紹介の機会を私なりに考慮していたのですが。

1ヶ月ほど前からCDを本格的に整理しており、その時に見つけたのが、今回のアラウの10枚組です。1枚1枚当ブログで紹介したいぐらいの演奏内容ですが、アラウのシューベルト自体私自身初めてでいたので、何の期待もせずに聴いたのです。

アレグレットは、3部に分かれており、第1部は親密な、小春日和を感じさせる、暖かく美しい旋律が大きな起伏もなくつつましく淡々と進められいきます。しかし私はいつもシューベルトに感じるのですが、なにか不安がいつもつきまとっているよな、喜び、幸福を感じる旋律ではありますが、どこか一抹の寂しさを感じるような美しい旋律です。2部はメロディとは言えない断片的なモチーフで、不吉、不安の予兆、前兆のような不気味な和音、リズムを伴って何度も何度も繰り返されます。2部は1部に戻る前に長調に転調され、1部に戻っていきます。また元の幸福、喜びを取り戻したかにみえるのですが、突然、言いようもない悲しみが襲ってきます。慟哭といったような激しいものではありませんが、出口の見つからない暗い悲しみです。襲ってきた悲しみは、過去の暗い思い出の回想なのでしょうか、明るい、束の間の幸福の第1部に戻って曲を閉じます。

形式的、曲想はブラームス晩年の間奏曲を想起しますが、音はブラームスほど枯れてはいません。あくまで青春の香りがどこか漂っています。

私が特に好きなのは、悲しみが走馬燈のように駆けめぐる第3部なのですが、小菅優さんの演奏は、悲しみの中にも躍動的なリズムがあり、青春を直接、身体で感じることができした。内田光子さんのシューベルトは楽興の時、ピアノソナタD960など、大家の域に入ってきたと思ったのですが、このアレグレットは、完全に期待はずれでした。1部、2部の演奏が「さすが」と思っただけに余計のそう思うのでしょうか。何か空回りしているむなしさを感じました。

さて当盤のアラウですが晩年の1991年の録音です。まず3部の悲しみの波状攻撃は、小菅優さんよりも遙かに遅いテンポにもかかわらず、テンポの揺れ、間合いを始めとして、役者が違うといったところでしょうか。地震の揺り戻しのような効果はまさしく巨匠の音楽です。

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