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2006年11月30日 (木)

chiakiのピアノレッスン 衝撃の事実

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こんばんは。ようやく発表会の余韻も冷めてまいりました。chiakiが郵便局でアルバイトをしているため、レッスンはほとんどしておりません。先日でしたか、朝少しだけ見てやれる時間がありました。今後の取り組みの相談と新しい技術練習曲の選択です。新しい技術練習曲としてベートーヴェンの「32の変奏曲」を選びました。昨年の2月頃から3月にかけて手掛けた作品です。chiakiにテーマから弾かせました。ここで、私はchiakiに問いかけました。

この曲は昨年第3Varまでやったから少し練習すれば、3Varまでは何とかなるだろう

パパ、全然覚えていない

もう一度、言ってくれ

弾くことはできるけど、レッスンはおろか練習をした覚えが全くないの

私は絶句しました。昨年の2月といえば今のワークセンターに変わる前で、ピアノを再開したものの、chiakiにどのような曲が向いているか模索している時期でした。私は優れた練習曲でもある「32の変奏曲」を選びました。変奏曲自体が8小節ですので、取り組みやすいと考えていたのです。事実chiakiは一生懸命練習して第3Varまで弾けるようになったいたのです。それでもすすみ具合が遅く、3Varでこの曲はやめさせました。

結論を先に申しあげます。もしあの時この曲をやめていなかったら、chiakiのストレスは大変なものになったいたでしょう。今から考えれば、chiakiの習熟度から考えれば、ずいぶん譜読みに時間がかかるなあと思いました。

この後、同じ変奏曲でも「パイジェルロ」に切り替え、そしてパルティータのメヌエットに移行していったのでした。

今から考えれば本当にぞっとします。あのまま強制的に続けさせていたならば・・・。

2006年11月27日 (月)

chiakiのピアノ発表会 アンコール

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こんばんは。発表会から1週間が過ぎました。発表会関連記事を書いているのですが、肝心のことが抜けていました。当日のプログラムとアンコールです。

前半

noteパルティータ第1番 変ロ長調
noteイタリア協奏曲 ヘ長調


後半

noteイギリス組曲第2番 イ短調
noteシンフォニア(パルティータ第2番 ハ短調より)


アンコール

noteコレンテ(パルティータ第6番 ホ短調)
noteアダージョ(マルチェルロのオーボエ協奏曲第2楽章/バッハの編曲)(装飾音のリアリゼーション 水洲チアキ)
noteアリア(ゴールドベルグ変奏曲)


以上です。

一番反響が大きかったのは、アンコールのアダージョでした。映画が好きな方は「ベニスの愛」でおなじみの曲ですね。前日まで怒号がとびかったのはこの「コレンテ」で、発表は無理かなと前日に思いましたが、当日のリハーサルから絶好調で、果たして本番は最高の出来でした。chiakiがあんな表情(それこそ全身全霊)をみせたことは一度もありませんでした。ただこの曲はマニアックすぎて一般的ではなかったようです。emi先生の涙を誘ったアリアはご存じゴールドベルグ変奏曲から。chiakiは「会場の皆様にに再びお会いできますよう、そんな願いを込めて」と前口上致しました。が、意味不明(会場の大方の人にとって)ではなかったかと思います。このアリアは30曲もの変奏曲が終わったあと最後にもう一度演奏されます(ダカーポですね)。これを前口上に含めるべきでした。

プログラムは技術的には普段の70%ぐらいの出来ですが、これは結果としてしっかりと受け止めなければなりません。普通発表会といいますと、5分から長くても10分を超えることはありません。規模からすればリサイタルですが、全て初めての挑戦といえるものですが、chiakiが今日、「普段の練習が130%でくらいでないと本番は100%にならないね」とつぶやいていましたから、自覚はあるようです。

今日から次へ向けて始動しました。レパートリーは順次またブログで紹介したいと思います。

ありがとうございました。

2006年11月25日 (土)

chiakiのピアノ発表会 余話

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こんばんは。発表会は終わりましたが、私たち親子の挑戦はまだ始まったばかりです。家族のなかでも今回の発表会を最初から支持していたわけではないのです。家族の声をご紹介します。恥ずかしいくらいですがすべて事実です。

■ 発表会なんて所詮あなた(calaf)の自己満足でしょう!
■ 発表会なんてchiakiにストレスがかかるだけ。アトピー がますますひどくなるわよ
■ ピアノの音うるさいから練習やめて。
■ そんなに怒鳴ったらますますストレスが溜まる
■ 学園祭があるから手伝うのは無理
■ 国家試験があるから当日手伝うのは無理


一方発表会前一週間前くらいから

■ 会場で花瓶があるか確認してきて頂戴
■ 何か手伝うことはある?
■ 当日の衣装は用意できてるの?
■ リハーサルの後の食事はどうする
■ 美容院は当日はダメね。前日ね。
■ 美容院のお金は私が持つわ
■ 私が明石のおばあちゃんを迎えに行く
■ パパ、何故僕にピアノを続けさせてくれなかったの


私とchiakiは、家族の支援なしでピアノレッスンを続けて着たのですが、1週間前の家族の様子は「君子豹変」以上のものがあります。敵はいつも外ではなく内にあるようです。もっとも家族の非難に対しては私たち親子は「馬耳東風」を決め込んでいました。

私の目的は家族を非難することではありません。ピアノを朝の7時から夜の10時までがんがん鳴らし、レッスンが始まればcalafの怒号、これで文句のひとつも言わない方がどうかしています。

世の中きれいごとでは済まない見本のようです。

2006年11月23日 (木)

chiakiのピアノ発表会 その3

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こんばんは。emi先生のことが気になりながら、用意したベルをならしながら開演の合図を致しました。以下はemi先生romaniさんdokuohさん、お三方のブログの詳細が掲載されていますので、ご覧頂きたいと思います。

今回の発表会をプロデュースした私には期するものがありました。「娘を世に出したい」この思い一点でした。ブログを始めたのもそれが遠因になっているのかもしれません。とろろで、今回の発表会では、誇りに思うことがあります。それは遠く東京からお三方が加古川まで聴きにきてくださったことです。名前も知らない、会ったこともない人がブログの交流だけで遠くから応援に駆けつけてくださる。こんなことは文字通り夢にも思いませんでした。

あらためて、皆様に感謝いたします。ありがとうございました。

2006年11月22日 (水)

chiakiの発表会 その2

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こんばんは。当日19日会場に着いてみますと、8時45分くらいだったでしょうか、日本ベーゼンドルファーの松尾さんが、もう調律を開始されいるのには驚きました。11時前には調律を終えるとのこと。私は大学時代からの友人桑原君と一緒に受付の準備、各種貼り紙の準備、会場備品の準備などおこないました。そうこうする内にdokuohさんが来られ、オーディオクラブの恵さんも写真撮影のため早々と駆けつけてくださったのです。

11時からほぼ1時間かけてchiakiはリハーサルをおこないました。力んでいますので、相当な大きな音量になっていました。力むなといっても無理な注文ですが、音量を半分ぐらいにするように指示をし、12時でリハーサル終了、調律師さんの手直しを経て、最後のリハーサル曲であるイギリス組曲第2番のジーグを弾きました。家では相当苦労したのですが、今までで最高の出来でした(本番にとっておいてくれたらいいのに)。調律師さんから美しいひびきだと誉めて頂き、いよいよ受付開始。本日来場された方々に芳名禄にご記帳頂きました。受付も始まってまもなく、見るから好紳士と思われる方が受付をされました。何度もその方を見つめたのですが、どなたかわかりません。一方その方もcalafを探しておられたのでしょう。「romaniと申します」と言われ、私は思わずかたく握手させて頂きました。その後10数分は音楽談義をさせて頂いたでしょうか。その間dokuohさんに、厚かましくも受付を手伝って頂きながら、いよいよ開演開始の時刻が迫って来ました。あとお一人気になる方を芳名録で確認したのですが、お名前が見あたりません(実は記帳を済まされていたのですが、私が見落としたのです)私は後ろ髪をひかれる思いで会場にはいりました。emi先生は?・・・

以下次回に続きます。掲載の写真は終演後の集合写真です。

2006年11月20日 (月)

地方紙で取りあげられました

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こんばんは。今夜はchiakiの発表会の第2回目ですが、20日の地元兵庫の地方紙「神戸新聞」の東播(とうばん)地域欄で、昨日の発表会が取りあげられました。先にご紹介致します。

いよいよ本番です。

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こんばんは。11月19日は発表会の本番でした。写真は当日の朝9時頃の調律の模様です。日本ベーゼンドルファーの松尾さんは「懇切丁寧」を絵に描いたような方で、本当にお世話になりました。

実はピアノに関しては訂正があります。使用するピアノはインペリアルではなくでモデル225が正しいのです。大きさですぐ判断できそうなものですが、今回は美しい外観に惑わされ完全に勘違いしておりました。お詫びして訂正致します。

さて19日の週(13日から18日)はとても忙しい日々となりました。何よりも当日のスタッフが全くの白紙。プログラムノートがまったくの手つかず(に近い)、準備品の書き出しもなし・・というないない尽くしでした。

そんな中、16日にほぼプログラムノートが出来上がり(朝6時までの徹夜)、17日(金)には東京からdokuohさんが来られ、食事の後、自宅に寄って頂き、0時半頃まで音楽談義に花を咲かせました。ホテルまでお送りした後、1時からプログラムノートの印刷開始。インクジェットですからおそい、遅い!遅い上に、プログラム全体が19頁になってしまったため50部印刷には950枚必要です。しかし明け方ま出来たのはなんとたったの20部。印刷の速度もさることながら、インクが途中で切れで中断せざるを得ませんでした。印刷は下から1,2、3頁と上に乗っかっていきますので、順番を入れ替えるのがこれまた一苦労。結局17日は製本は1冊もなしでした。

誤解を招くといけませんので、お断りしておきますが、dokuohさんとの約束は当初から織り込み済みで、彼が割り込んで来たわけではありません。彼から製本のお手伝いの申し出がありましたが、お断り致しました。自分の手でやりたかったのです(しかし、本番当日dokuohさんには受付係で奔走して頂きました。dokuohさんありがとうございました)

続いて18日はインクの準備も済ませ、まず、感想を頂く「はがき」から印刷を始めたのですが、送りが悪く、文字通り何度も詰まりました。本当のCanonのプリンターははがきの印刷は×です。送り機構の欠陥ではないかと思うくらいです。はがきの印刷は残り10枚ほどだったのですが、10枚は手書きに切り替えました。さてプログラムノートの残り30部の印刷ですが、昨日の並べ替えを整理、製本しながら印刷待機の無駄を作りませんでしたので、印刷、製本は際待てスムーズ、最終的には18日朝には50部の製本は全て完了しました(朝7時までの徹夜です)。

日曜日ははがきをプログラムノートを挟み込む作業が残っておりましたのchiakiと一緒に24時ごろまでに終了。19日の朝4時までゆっくり?寝ました。

19日いよいよ当日です。発表会ですが自主公演ですので、すべて私が準備しなければなりません。この時点で撮影係、受付1名は何とかなんとかお願い出来ましたが、まだ人数が足りません。私は来場者の方全てに記帳して頂きたかったので、ワードで芳名録の作成、「受付」と書いた貼り紙の作成、「記帳をお願い致します」と書いた貼り紙の作成を済ませてから、諸々の事務用品を揃え、録音機材、ビデオカメラ機材、そして自分の服の準備を7時までに済ませたのです。

さて会場で模様は、長くなりましたので、次回に致します。最後になりましたが、プログラムノートを見てやって下さい。

発表会プログラムノート

2006年11月19日 (日)

いよいよ今日が発表会

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おはようございます。いよいよ、今日が発表会です。プログラムノートがやっと土曜日にできてバタバタの2日間でした。chiakiも最後にきて全くでたらめな運指でミスの連発。昨夜は怒らないでおこうと思いましたが、やっぱりダメ。まあ、これが常ですから、良いのかもしれません。ブログのご覧の皆様、chiakiの演奏の成功をお祈りしてあげてくださいませ。それでは。

2006年11月15日 (水)

プログラムノート

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こんばんは。chiakiの発表会まで後4日です。それなのにプログラムノートがまで出来上がっていないのです(泣)誰も手伝ってくれませんので、自分でやるしかにのですが、それにしても「プログラムの覚え書き」が現在のところワード文書で11枚、挨拶文が別に2枚、絵1枚ですからこれで14枚になってしまいました。簡単な小冊子が大冊子になってしまい、読んで頂けるのでしょうか?今から心配です。まだ記述が多く残っており、あと2枚くらいは増えるでしょう。

一番やっかいなのが「推敲」これが一番苦手なんですね。印刷も自分でやらなきゃいけないし。がんばれ、がんばれと自分が応援するしかない、とほほ。

写真ですが、これを見てすぐにわかる人はかなりの年配です。最近はほとんど話題にあがらなくなりました。バッハの鍵盤作品すべての暗譜を25才で思い立ち、40才の誕生日に遂に達成。彼は目が見えないのです。

暗譜ができないとき、いつも写真のバルヒャの話を持ち出します。

2006年11月 4日 (土)

最高の1枚

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こんにちは。ダブり(CDの購入)がほとんどないことを売り物にしていたcalafですが、またまたやってしまいました。11月に入ってオルフェオの廉価盤が再登場しましたので、中身もろくに確認せずにグルベローヴァというだけで買ってしまったのです。

話は変わって、私は嫌悪感を覚えるくらいに「太った女性」は嫌いだったのですが(側にいるだけでめまいがします)そうでなくなったきっかけが、このジャケットです。太った女性がだめならばオペラはだめなはずですが、私は映像を見ませんので、何とかなるわけです。そんななかで、このCDに出会いました。

いまでは立派なおばさんですが、このグルベローヴァは美しいです。曲目は最後に紹介するとして、私は学生時代にベッリーニの「夢遊病の女」を聴いて以来、アミーナのアリア(Ah non credea mirarti)を追っかけて来ましたが、あまたあるアミーナでも決定盤とも言えるがこのCDだと思っています。何枚集められるかわかりませんが、このアミーナはあらゆる歌手を聴きたいと思っています。

アミーナのアリアについては私のホームページをご覧頂けましたら。楽譜も載せています。この曲を愛したピアニスト、タールベーグもこのアリアをテーマとした幻想曲を書いています(この曲はいつか紹介します)

グルヴェローヴァはナイチンゲールというレーベルに多く録音されていますが、彼女によれば50才という一番油の乗りきった時期に自分の記録としてライブ録音を残したかったそうです。彼女のホームページも紹介しておきますこちらです。また2008年の彼女の日本公演についてはこちらをご覧下さい。



noteモーツァルト 小暗い淵から〜ああ愛しいものが残酷な危険に(ルーチョ・シッラ)

noteR・シュトラウス 偉大なる王女様(ナクソス島のアドリアネ)

noteベッリーニ ああ!信じられない(夢遊病の女)

noteケルビーニ それから御身、わたしに幸福を約束してくれる御身(メデア)

noteトーマ わたしはティターニア(ミニヨン)

ソプラノ エディタ・グルベローヴァ
ランベルト・ガルデッリ指揮 ミュンヘン放送管弦楽団
録音1983年

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