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2007年3月29日 (木)

chiakiのピアノレッスン 「バッハ トッカータ パルティータ 第6番 ホ短調

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こんばんは。calafです。ようやくピアノレッスンのご報告ができるようになりました。以前にも書きましたが、今回選んだバッハのレパートリーは相当に難しく、chiakiの現状ではなかなか歯が立ちませんでしたが、持ち前のねばり強さで、かなりの線まで演奏出来るようになりました。

パルティータ第6番 ホ短調ですが、トッカータからジーグまでは息を抜ける曲はわずかAir 1曲です。が、これとてもうかっと弾けばバロックのエチュードになってしまいます。さて6番ホ短調は最初から問題続出です。この曲は楽譜にあるように4つのエピソードで出来ています。この冒頭のアルペジオの弾き方だけで、丸2日いや1週間ぐらいレッスンした記憶があります。センスのいい人なら簡単なのですが、娘chiakiのセンスは残念ながらよくありません。

まず音符の音価(音の長さ)通り演奏するのは、間違いとまではいえないにしても、少なくともセンスが良いとはいえません。次に、このアルペジオですが、和音として響かせるかどうかが問題になってきます。音を響かせる=ペダルがすぐに思いつきますが、私はペダルは使いません。最終的に採用したのはフィンガーペダルです。すなわち、アルペジオの指を押さえたまますべての音を残す弾き方です。

トッカータはその名前の由来トッカーレ(触れる)から来ています。ですから、即興、手すさびの要素を盛り込まなければなりません。

2段目の自由な7連符のアルペジオが8回(2小節)続くのですが、これもアルペジオの音の残し方(残さないのも一つの解釈です)、速度(アチェランド、リタルダンド)のかけ方で、演奏者のセンスが問われます。

また1段目のエピソードに(音型は同じですが和音が違います)もどり、楽譜3段目のエピソードが出てきます。このエピソードは上段、下段を替えて(すなわち、右手、左手を替えて)交互に出てきます。

また1段目のエピソード、2段目のエピソード、3段目のエピソードを経て、4段目のエピソードがでてきます。このエピソードはフーガのテーマで、このトッカータの中核をなす重要なエピソード、27小節ほどフーガが展開して、3段目のエピソードにもどり、このエピソードが両手でのユニゾン風に(同じ音型)力強く弾ききったところで、冒頭のエピソード(和音は違いますが)にもどってきます。

このフーガから3番目のエピソードを経由して冒頭のエピソードに戻る経緯は、娘の演奏ではありますが、何度聴いても感動的な音楽です。実は娘chiakiにとっても感動的であるらしく、ここのところの練習の集中度は並はずれています。

この3番目のエピソードには装飾音を挿入しています。参考にしたのは、グールドのDVDの演奏です。音の確認するのに随分てこずりましたが、その効果たるや、私たちには、もう装飾音抜きでは演奏できないほどです。

トッカータでありながら、全体に流れる、静謐な流れを大切にした演奏を目指しています。chiakiには、この曲を人の一生、あるいは旅路に例えて話をしました。

この曲は私の母(chiakiのおばあちゃん)から、当初、この曲を聴くと頭が痛くなるから、弾かないでと言われたのですが、つい最近のことですが、とても意味深で、美しい曲ねぇと言われたらしいです。おばあちゃんはバッハはおろかクラシックには全く縁のない人ですが、ど素人でありながら、ここまで感じてくれれば、立派なものです?安心してはもちろんいけませんが、曲を知っている人より知らない人に美しい曲だといわれるのも弾く者にとってまた格別の思いがするに違いありません。

Jazz Waltz

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こんばんは。今回はクラシックではないのですが、クラシック出身のヴァイオリニストを紹介致します。さその人は寺井尚子(てらい なおこ)さん。4才でヴァイオリンを習い始め、教育テレビの「ヴァイオリンのおけいこ」に出演。12歳の時、学生音楽コンクール東日本大会で奨励賞受賞とあります。また14才で同大会で同賞を再受賞しています。ジャズ界には1986年デビューとなっています。

今回お勧めの盤ですが、1曲目にショスタコーヴィッチのワルツがフューチャーされているのですが、これがヴァイオリンの音の魅力が遺憾なく発揮されており、近くに女性がいれば誰でもいい、すぐに踊りたくなるなるようなノリがあります。ジャズヴァイオリンといっても荒っぽい音ではなく、むせび泣くなくよう音色も、随所に聴かれ、クラシック好きであっても、鑑賞に十分に耐える演奏です。個人的な感想ですがこれだけヴァイオリンを歌わしてくれる人もむしろ珍しいと思います。ちなみに、このワルツはなつかしいチンドン屋の名曲「サーカスの歌」似よく似ていますが、すぐ慣れます。

先日のオーディオクラブの例会で、メンバーがかけていたのですが、いっぺんで気に入りその日の午後入手しました。サウンドですが、真空管アンプを使用されている方はそのサウンドを遺憾なく満喫出来ると思います。といってもトランジスタアンプがダメということではなく、あくまで相性の問題です。

noteジャズ・ワルツ
noteアパッショナータ〜情熱(ジャズ・ワルツのジャズバージョン)
noteダニー・ボーイ
noteラグな気分で
note魅惑のワルツ
note貴婦人のタンゴ
note風に舞う「夢ハウス TV・CFイメージ曲」
note砂の記憶
noteヒット・アンド・ウェイ
noteアイ・ミー・マン
noteチルドレン
最後にCDエクストラとして、「アパッショナータ〜情熱」のセッション映像が入っています(パソコンで観れます)

ヴァイオリン 寺井尚子
ピアノ、オルガン Kitajima Noki
ギター Hosono Yoshihiko
ベース Jumbo Ono
ドラムス Nakazwa Go
(寺井さん以外は感じでクレジットされておりません)

東芝EMI TOCJー68060

2007年3月26日 (月)

私の誕生日 ハスキルのショパン

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こんばんは。ちょうど10日前が私の誕生日でした。昨年は自作のピンケーブルを記事に載せました。

今日はオーディオクラブの例会が朝からあったのですが、私達のオーディオクラブは、1988年頃に明石にオープンした外盤専門のCDショップで、そのメンバーのほとんどが知り合ったのでした。その数年して、そのショップが商売替えをして我々のたまり場がなくなってしまったのです。その後そこで知り合ったメンバーの、交流を深める目的で結成されたのです。

ある日のこと、マニアらしき人が、シャン・ドゥ・モンド(ヒストリカルな録音で有名)のCDをかけて、「演奏しているピアニストは誰かわかりますか?」と私に挑戦状をたたきつけたのでした。これには当時の状況を説明しなければなりません。当時平日は、仕事が5時半に終わると、すぐにCDショップに駆けつけ、休日は開店から閉店までずっとそのショップで店主と雑談しながら、音楽を聴いていたのです。私はピアノがたまたますきだったので、そのうちにお客様からもアドバイスを求められるようになったのです。知識をひけらかしたつもりは全然ないのですが、中にはそうした私が、そのお店に、のさばっているように感じたのかも知れません。

挑戦状と私が判断したのは、そのマニアの方の普段の言動と、その演奏について私に問う口調で、すぐわかりました。その時お店の中には、現在のオーディオクラブのメンバも2,3人いました。演奏家を問われた時の店内の空気は一種異様な雰囲気というより、険悪な状況に陥ったのです。店主の不安そうな顔は今でも覚えています。もちろん、店内での余計な騒動を起こして欲しくないと思うのは当然のことです。

さて演奏が始まりました。演目はショパンのピアノコンチェルト2番。オーケストラの提示部が終わり、ピアノがなり始めるや、私は驚きました。全く初めて聴く演奏だったのです。ピアノの冒頭のオクターブもやや剣がありますし、和音の弾き方もやや荒っぽいように聞こえたのです。ところが、演奏が進んでいくうちに、音の抜き方が、一種独特のものがあり、細かい装飾音も独特のニュアンスがあります。演奏態度も実に堂々としていて、明らかにオーケストラを引っ張っています。私は挑戦的な質問など忘れて、再現部まで聞き入ってしまいました。そして、やっとのことで(店内の人々はみなそう思ったでしょう)声を発しました。

「ピアニストは誰かわかりません」この時の、挑戦者のにたり顔は今でも鮮明に残っています。しかしながら私は間髪をいれずに「誰だかわからないが、10年に一度、いや、20年に一度現れるかどうかの天才ピアニストである、そしてこのピアニストは女性である」と宣言しました。

挑戦者は、その時、微笑んで私に握手を求めてきたのです。当然のことですが、私はピアニストが誰であるか特定できたわけではないのです。マニアの彼が「ハスキルです」と答えた時は、店内はざわめきました。「さすが○○さん、すごい!」という声も上がりましたが、私は□□さん引き分けですね」と答えて握手に応じました。

私が私自身のピアノ観に大きな自信を持った一瞬でした。

あらためてこのハスキルの演奏を紹介しましょう。

ショパン ピアノ協奏曲第2番 ヘ短調 作品21

ピアノ クララ・ハスキル(1895ー1960)
指揮 ラファエル・クーベリック(1914ー1996)
   パリ音楽院管弦楽団

パリ シャンゼリゼ劇場 1960年1月31日 ライブ録音

ハスキルはこの年1960年に亡くなっています。

尚カップリングのモーツァルトの27番のピアノ協奏曲は指揮は何と、オットー・クレンペラーです。こちらは1956年のモントルー音楽祭のライブ、管弦楽はケルン・ギュルニッヒ管弦楽団です。

私も55才になりました。40代の始め頃の懐かしい思い出です。(尚当CDは、それからだいぶ経って入手しました、国内盤でキングからのものです。ちなみにモーツァルトの27番は世界初CD化です)

2007年3月22日 (木)

フォーレ ゆりかご 作品23−1

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こんばんは。ずっと以前から欲しいと思っていた曲があります。これがタイトルの歌曲です。ところが、期待はずれもいいとこで、今日はぼやき満載の記事になりそう、いや絶対になります。

「波止場にそって立ち並ぶ大きな船は
波のうねりに黙々と身をかたむけ
女たちがしずかにゆする
ゆりかごには心も向けぬ」

この、シュリ=プリュドムの詩(粟津則雄訳)は、まさしく「男の子守歌」

この曲を知ったのの随分昔、ハイペリオンのサンプラーでした。歌手はジャネット・ベーカー、子守歌なのに、何故あんんに叫ぶような大きな声を出すんだろうと思っていましたが、詩をみて納得。

先月末でしたが、フレデリカ・フォン・シュターデとジャン・フィリップ・コラールのコンビでフォーレの歌曲集が廉価盤で再発されていることを知り、入手したまではよかったのですが、聴いてみて唖然としました。

フォン・シュターデの発音がまず、あいまいというより何を歌っているのかさっぱりわからないのです。もちろんフランス語であることも。低音域は音程が安定せず、高音域は文字通り金切り声で、ビブラートだけやたら大きく波打つのです。ちなみに、「夢のあとに 作品7−1」を聴いても印象派変わらず。残念無念というより、刀折れ、矢尽きたと言う感じです。救いはコラールの伴奏ピアノです。「ゆりかご」の伴奏の音と音の揺れは胸をうちます。


デビューしたころのフォン・シュターデはこんなにヘタだったのかしら、と私自身の記憶にも腹が立ちます。

最後に詩の続きをご紹介します。

「だがいつかは別れの日が来るだろう、
女たちは泣かなければならないから、
好奇の思いにみちた男たちは、
彼らを誘う水平線を試みなければならないから。」

「そしてその日、大きな船たちは
小さくなってゆく港をのがれゆきながら、
その船団が引き留められるのを感ずるのだ、
はるか遠いゆりかごの魂に」

シュターデの絶頂期の録音ですって? それにしてもコラールはハンサムだなぁ!

追伸

このフォーレの「ゆりかご」作品23−1ですが、これぞという歌手をご教授下さい。ジャネット・ベーカーが基準となっていますので、絶対に彼女より上と自信をお持ちの方に特にお願い致します。

2007年3月18日 (日)

chiakiのピアノレッスン 「バッハ=シロティ プレリュード ロ短調」 2回目

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こんばんは。娘のピアノレッスンですが、ここ1週間久しぶりで成果のあるレッスンになりました。ロ短調のプレリュードですが、カール・フィッシャーのシロティー版の楽譜には、「ウイリアム・フリーデマン・バッハのクラヴィア小曲集より」となっていますが、これは後の平均律クラヴィア曲集第1巻 第10番のホ短調のプレリュードのことです。この曲を編曲したのではなく、下敷きにして、あるいは発想を得て新しい作曲をしたのです。曲は極めてロマンチックです。原型を止めているのは原曲で左手で奏する16音符の音型ぐらいです。

ピアノを始めて1年くらいでも音を出すだけなら弾けるかもしれません。しかし楽譜の要求する音質、音色、ダイナミックス、特にp、ppのニュアンスには相当てこずるかと思います。このような曲は、奏者の個性、能力、音楽性を素直に反映させるのではないかと考えています。名前は出せませんが、あるピアノの先生にこの曲を弾いてくださいと楽譜を渡したのですが、弾けません、いや弾いても音楽になりませんと拒否されたことがあります。もちろん初見で弾くことができる方です。更に演奏拒否の理由を尋ねると、あなたのような音楽性は私にはありませんといわれました。これは私を誉めているのではなく、この曲に適合した音楽性を持ち合わせてないとご自身で告白されたと私はみております。リストの難曲をすらすら弾く人でしたが。

さて私が初めて聴いたのは30数年前になります。私の初めてのピアノの先生が弾いてくれました。CDでは、ギレリスの1969年のカーネギーホールのライブ録音盤、同じくギレリスでメータとチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番をやった時のライブ録音盤、ワイセンベルグのバッハ愛奏曲集、ポブウォカのバッハリサイタル盤などがあります。

CDはあるかどうか確認していませんが、宮沢明子さんはリサイタルのアンコールで何度も弾かれているはずです。

さてレッスンですが、右手のp、ppを中心としたニュアンス豊かな音はそう簡単には出せません。ましてや従来のchiakiの弾き方では絶対ダメなのですが、不思議なことがおきました。たたくような弾き方はこの曲に限り影を潜めたのです。鍵盤にいつも触れておいて、指を下に下げるだけの動きでないと、右手のアルペジオは美しく響いてはくれません。

天国にいる先生に聴いてもらえるくらいの演奏ができつつあります。

2007年3月17日 (土)

emi先生に捧ぐ

こんばんは。今日はいささか寂しい思いをしております。昨年ブログで知り合い、交流させて頂いておりますemiさまですが、彼女のブログが休止になるそうです。個人的にはromaniさまのブログで時々お見かけしていたのですが、昨年5月グールドの話題から交流させて頂くようになりました。昨年の11月には、はるばる東京から加古川(兵庫県)まで、娘の発表会に駆けつけてくださいました。emiさまのブログにもうコメント出来ないのは、一抹の寂しさが残りますが、新しい生徒さんも迎え、ピアノに専念されるとのことです。1年足らずでしたが、ありがとうございました。

何かお礼にと、いろいろなことを思いめぐらしましたが、レアと思われるCDを紹介することにしました。アワダジン・プラットです。14年ぐらい前のCDですが、彼のデビュー盤です。来日したこともあります。年齢は不詳ですが、そろそろ40才近くになるのではないでしょうか。

ジャケットと見ていますと、ジャズかレゲーでも聞こえてきそうですが、哲学者的な音が聞こえてきます。音色の潤い、温かさ、衒いのない正統的な音楽の運び、こまやかなタッチ、下記の曲目の組み合わせだけで、心ひかれるものがあります。

それぞれの曲については最高の演奏のひとつとだけ申し添えておきます。今まで聴いていた演奏を大きく裏切る(新しい発見!)かもしれません。ピアノを勉強している私には、ピアノでこんな、あたたかい音は聴いたことがありません。滑らかさも洗練の極致といっても過言ではありません。シャコンヌにしても、ブゾーニ編曲ではなしに、フランク編曲といった趣があります。ブゾーニ編がイヤな人には是非聴いて頂きたい演奏です。

noteフランツ・リスト 葬送 (「詩的で宗教的な調べ」より)
noteセザール・フランク プレリュード、コラールとフーガ
noteヨハネス・ブラームス 4つのバラード 作品10
noteバッハ/ブゾーニ シャコンヌ ニ短調

EMI CDC 5 55025 2 0
1993年9月 ニューヨークで録音

プラットのホームぺージです。
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2007年3月14日 (水)

chiakiのピアノレッスン バッハ=シロティ 「プレリュード ロ短調」

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こんばんは。その日がとうとうやってきました。私は自身のホームページの中でこの曲バッハ=シロティ 「プレリュード ロ短調」を紹介しておりますが、こちらをどうぞ、とうとう娘に教える日がやってきました。その日の私calafと娘chiakiの会話をまずご覧下さい。

calaf とうとう、chiakiにロ短調のプレリュードを弾いてもらう日が来たよ。

chiaki 私が弾いてパパの美しい思い出が壊れるのでは?

calaf chiakiには申し訳ないが、その通りだ。当時受けた私のピアノレッスンは、この曲が終礼の曲だったんだよ。

chiaki 美しい演奏だったでしょうね?

calaf ギレリスとは言わないが、紙一重だった。でも、当時譜面がなかったんだ。全部先生の頭の中にしかなかった。いつか譜面にすると約束してもらったんだが、突然の先生の死で、その約束は果たされなかったんだよ。

chiaki 先生は楽譜は持ってなかったのにどうして演奏出来たの?

calaf 1969年2月にニューヨークのカーネギーホールで、エミール・ギレリス(1916−1985旧ソ連、ロシア)のリサイタルがあったんだ。その時のアンコールがこの曲だったんだ。私の先生はこのリサイタルを聴きに行っていたらしい。「その場で覚えたと」私に話してくれたよ。常人では信じられない話だが。

chiaki でも、今あるこの楽譜はどうやって入手したの?

calaf 話が長くなるが聴いてくれるかい。ちょうど1997年頃の、私はインターネットをやり始めた。パソコンをやり始めた理由はただ一つ、この楽譜を探し出すことだったんだよ。実はこういうことだ。この楽譜を探し出すために私は、随分いろいろなことをした。それこそ有名な日本中の楽譜屋に手紙を書いて問い合わせたといっても過言ではない。それでも見つからなかった。今もそうだが、この曲は秘曲といってもいいぐらい知られていない。大体シロティーといっても誰だかわかる人は本当に限られている。

そうこうするうちに、日本では宮沢明子(みやざわ めいこ)さんが弾いていることを、彼女のプログラムで知った。でも見ず知らずの私が彼女に問い合わせる勇気は持ち合わせていなかったんだよ。今から考えれば、ギレリスが現役なんだからソ連に直接問い合わせればよかったのかもしれない。

その後就職してレコードもかなり買えるようになった。なんとワイセンベルグも弾いているんだよ。それからインターネットを始めるまでは、正直この楽譜は諦めていたんだよ。ところがインターネットを始めてみて、ある音楽好きの掲示板があって、そこで書き込みをしたら、その翌日見知らぬ人からメールがあった。木下さんという東大ピアノ会の方だ。

メールには「アメリカの音楽雑誌の付録楽譜のコピーで宜しければお送りします」とあった。とうとう手に入れたんだよ。27年間の思いが叶ったんだよ。

chiaki あきらめていても、曲をわすれなかったおかげね。

calaf 余談だが、この木下さんは、ピアノはアマチュアながら、アムランの最初の日本公演をネゴシエーションした中心人物なんだよ。それとアマチュアピアノの世界ではピアノのための編曲物を収集しているナツイさんという人がいるんだが、私が入手した楽譜をナツイさんに送った。彼は膨大なコレクションを持っているが、彼もこのロ短調のプリュリュードを探していたんだよ。それから数年経ってカールフィッシャーで出版されたのは、chiakiも知ってのとおりだ。今は誰でも入手できる。これはナツイさんのおかげといってもいい。

chiaki 随分前置きが長くなりましたね。ところで最初の話に戻るけど、chiakiが弾いてもいいの?

calaf 本音はまだまだ先だけど、出し惜しみするつもりはない。美しい思い出が壊れるのは一時的なものだと思う。どれだけ伝えられるかわからないが、曲の構造が簡単な分、音色、音質に力を注げると思う。

と、まあこんな話を娘としました。最後までお付き合い頂いた方にプレゼントをしたいと思います。このロ短調のプリュリュードのpdfは。こちらにあります。あなたも是非弾いてみてください。






2007年3月 4日 (日)

リストのパラフレーズ

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こんばんは。今日は娘のchiakiとピアノコンサートに出かけて行きました上の写真でおわかりのように演目はすべてリストのオペラ・パラフレーズです。

最初鈴木華重子(すずき かえこ)さんが登場してきた時少し驚きました。プログラム写真で見るより遙かに「美人」。年齢も略歴から想像するに30近いはず?ですが、とても清楚です。演奏はほとんど目を閉じてするのですが、その姿も、とっても絵になります。

肝心のピアノの音ですが、フォルテシモからピアニシモまで、幅広いダイナミクスを持っているのですが、フォルテ系はどうしても轟音の洪水になりがちで、演目の最初の方はピアノ系も潤いが不足していましたが、リゴレットの終わり頃から音が俄然輝き出しました。

2曲目のエフゲニー・オネーギンのポロネーズもとっても洒落た作品です。ただリストのパラフレーズにすべていえることですが、錯綜する音の激流をどのように弾き分けるか、またリズム処理(ペダル使用でリズムが甘くなる)などももうちょっとなんとかして欲しい感じがしました。

今回の演奏会の白眉はワグナーの2曲です。タンホイザーの巡礼の合唱の歌い出しなど実にゆったりと、良い意味での柄の大きさを感じました。さすがにクライマックスの内声の動きは分離はよくありませんでしたが、弾ききっていました。

イゾルデの愛の死は一種、けだるい雰囲気の中に、ピアニシモが幻想的な広がりを見せ、好演だったと思います。ピアノで弾いているのを忘れさせるような音の流れでした。

最後はドンジョバンニですが、メインは「奥様お手をどうぞ」ですが、リストの原曲そのものが、ややごった煮の感がありますので、音は確実に再現されてはいましたが、あまり印象には残りませんでした。

ワグナーで魅せた歌い口をシューマンで聴きたいと思ったのですが、はたして、アンコールは「ミルテの花」から「君に捧ぐ(献呈)」でした。やはりリストの編曲ですが、大きなうねりの歌い口は実に朗々としていました。

美人だとても甘く聴いてしまう性癖は年がいっても全然変わりません。これを再確認したコンサートでした。

(余談)大昔ですが、私の大好きなDJ荻野恵子さん(関西の人しかわかりません!)にそっくりでしたので、最初に舞台に登場された時は驚きました。

尚このコンサートは新聞の懸賞で当選したものです。

カラヤンとフルトヴェングラー

Fchav8ax こんばんは。romaniさんのブログを拝見して、早速購入して読みました。要点はromaniさんが、簡明に紹介してくださっておりますので、重複になるかもしれませんが、読み手が変われば受け取り方もまた変わります。

私が前々から疑問に思っていたのですが、フルトヴェングラー(1886年生まれ)ほどの人物が、22才年下のカラヤン(1908年生まれ)にあれほどのライバル意識を燃やしたかということです。結局この本を読んでもわからずじまいでしたが、初期のSP録音に関してカラヤン恐るべしということを感じた記述があります。長くなりますが引用します。

1931年に「音と言葉」というエッセイに『音楽の生命力』と題して以下のように述べています。

「ラジオとレコードの実用的な価値については、いかに高く評価してもしすぎることはない」。そして、テノール歌手エンリコ・カルーソーの声の『音色や直接的な個性の表現」、チェロ奏者のパブロ・カザルス、ヴァイオリニストのフリッツ・クライスラーなどの『演奏が放つあの特有の光彩』も、蓄音機において再生可能であるとする。しかし、オーケストラについては、「レコードに置き換えられる場合、すべてが質的に別なもの、完全に別なものになってしまう」いいレコードを作るためには「極端なニュアンスや、本格的なフォルテシモやピアニシモ、極力避けねばならない」また「極めて緩慢なテンポはややもすれば退屈で気抜けしたものとなり、極めて速いテンポは騒々しく不明瞭なものになりがち」

当時の録音技術から考えるとフルトヴェングラーの持つ特徴がレコードでhはすべて短所となってしまうことを嘆いているようです。

翻ってカラヤンはどうかといいますと、レコードという新しいメディアの特質を見抜き、どうすれば「いい演奏」として録音されるかをすぐ会得した。音の鮮明さと、正確さ、そして美しさが必要であることを理解した。そして、そういう演奏ができたと、筆者中川右介(なかがわ ゆうすけ)さんは書いています。

私が気になっていたことがもうひとつ、ベルリン生まれのワルター(1876年生まれ)の存在です。ワルターが知人に当ての手紙が紹介されています。

「ニキシュの後任はまだ決まっていません」「現実問題として考えられる候補は二人でけで、フルトヴェングラーと私です。フルトヴェングラーは、ニキシュが死んでからベルリンに根を下ろし、天国から地獄までのあらゆる手段を総動員して、この地位を得ようと躍起になっています」「私の方はまったく何もしなかったし、主義として何ひとつしていません。私はこれまでの人生ので、ただ業績によってのみ道を開こうとしてきました」

主役はカラヤンとフルトヴェングラー、脇役にワルターとチェリビダッケ、舞台装置は、ヒトラー、ゲーリング、ゲッペルス、ヒムラーとくれば、面白くないわけがない。

巻末にもあるように多くの書物、文献、資料を再構成し筆者の見解が鏤めているが、事実関係を追っていくだけでも下手な推理小説より余程面白い。

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