最近のトラックバック

ブログリンク集

  • みぃさん
    ケルンに留学されたピアニスト。現在奈良県を中心に活躍中です。
  • romani さん
    ギターを愛されながらも、クラシック、特にオペラを中心にライブの感想等をブログで公開されています。
  • DokuOh さん
    ドイツ・オーストリア系の音楽の紹介およびCDの感想等をブログで公開されています。
  • 樹衣子さん
    映画、本(政治、経済、社会、その他)音楽の論評並びに紹介をブログでなさっています。
  • emi さん
    現役のピアノの先生です。ブラームスのクラリネットソナタのCDもリリースされています。
  • calaf
    calaf 自身のホームページです。
  • yuzu さん
    鉛筆画家 yuzu さんのホームブログ。グールドの描画はグールド財団のお墨付き(正真正銘)です。
  • yuzuさん グレン・グールド肖像画集
    鉛筆画家 yuzuさんの新しいブログ
  • 湧々堂(わくわくどう)
    個人でCDショップをなさっています。入手しにくい盤は一度相談されてみてはいかがでしょう。
Powered by Six Apart

« 2007年6月 | メイン | 2007年8月 »

2007年7月23日 (月)

パソコン受難曲

こんばんは。ここ1週間くらい、ブログ、インターネットはもちろんパソコンとまったく無縁でした。ご想像されるとおり、パソコンのハードディスクが昇天していましました。バイオスの設定画面にはいらない。windowsは立ち上がらない。ダブルパンチで診断のしようがなく、近くの「パソコン工房」で診断依頼。約1週間ほどで、診断完了。マスタードライブンHDDのセクタ不良ということで、新しいHDDを買って、取り付け、ついでに512MBの(256MBが2枚)メモリをあきらめ2GBにバージョンアップ。午後4時半ころからインストールを始め、先ほどようやく主要なソフトをインストールを終わりました。また私は外付けのUSBケースを持っており、これにセクタ不良のHDDを取り付け、認識させたところ、windowsのシステム以外のファイルはすべて認識可能で、命拾いをしました。エクセル、ワードのファイルやら、娘のビデオデータが入っており、また私の画像データやホームページのデータが、すべて入っており、不幸中の幸いながら、胸をなでおろしました。インターネットの接続など、ここ4年ほどトライしたことがなく、ちんぷんかんぷんで、手探りでしたが、やっていくうちに思い出し、インターネット接続も無事成功しました。重要なファイルはバックアップをとらなければいけないとはよくいわれますが、それがなかなかできません。今回はキーボードもおかしく、マイクロソフトのナチュラルキーボードですが、これで2台もいかれてしまいました。ちょっと耐久性に難がありそうです。メールも2000通近くたまっており、今から大変です。それでは。

2007年7月12日 (木)

可児亜里(カニ アリ)のハンマークラヴィア

Cndlfl3y
 こんばんは。このごろエントリーするたびに「久しぶりです」と書いているような気がします。確かにそうなのですが、最近1ヶ月、森村誠一本「平家物語」6巻を中心に、久しぶりに読書三昧の生活をしています。宮尾登美子「平家物語」も本日で第3巻を読み終えました。

 そんな中でも少しずつではありますが、CDも聴いています。今回紹介しますのは、可児亜里(カニ アリ)さんのベートーヴェンのピアノソナタ第29番 変ロ長調 作品106「ハンマークラヴィア」です。何と彼女のデビューCDなのです。世の中変わりましたね。よくベートーヴェンの後期の曲(28番以降)は60歳以上にならないと、その真の表現は難しいと・・私が知った頃40年以上も前のお話しですが・・いわれていましたが。

 レコード芸術の6月号でしたか、第1楽章の冒頭がサンプルで収録されておりまして、それを聴き大変気に入りました。若々しい推進力があり、技術的にも私が好きな、ペダルを多用しない、音階の粒だちが、何とも爽やかでした。この第1楽章に「さわやか」という言葉は、この曲の構成からして、相応しいものかどうか、私にはわかりません。ハンマークラヴィアは腐るほど、持っていますが、少なくと第1楽章は一度聴けば十分で、このCDほど何回も聴いた経験は一度もありません。些末なことかも知れませんが、音階の弾き方からして素晴らしい技術の持ち主だと思います。

 第2楽章ですが、私には付点のリズムのとりかたがやや甘いように感じますが、村雨のような昼間部を経て、嵐のようなプレスト、プレスティシモも鮮やかに乗り切っており、一抹の不安も感じません。

 第3楽章 アダージョ・ソステーヌート ピアノ、ピアニシモが本当に美しい。この3楽章だけは、何の期待も抱かずに聴いたのですが、幻想世界に迷い込む雰囲気がよく出ています。第2主題の変奏である、32分音符をきめ細かく紡いでいく音もてとても美しい。フォルテの音が更に美しかったら、これは今後に期待しましょう。

 第4楽章 可児亜里さんの技術的特徴が明確に出ています。どちらかといえば、騒がしいフーガですが、いわゆるフーガのライン明瞭です。第1楽章で、指摘しました粒立ちのよい音階が大いに活かされています。可児さんのハンマークラヴィアを「ちょい聴き」で確認しようと思うなら、むしろ最後のフーガの方がいいかもしれません。


 

2007年7月 2日 (月)

chiakiのピアノレッスン 「アルマンド」(パルティータ第2番ハ短調) 第2回

Qzawmsur
こんばんは。前回のピアノレッスン「アルマンド」の続きをご報告したいと思います。前回の論点は、アルマンドを演奏する上で、「2拍子で弾けない」「倚音の表現ができない」でした。

私が悩んでいるのは、何度注意しても、すぐに気ままな弾き方になってしまうその行動様式です。注意したことは覚えているのですが、弾くときには、その注意を忘れているのです。表現がわかりにくいですが、つまり注意されて言葉は覚えているが、その修正の行動ができない、いやするのを忘れてしまっているのです。原因は気の病であることがわかっているのですが、何故そのようになるのか、それがわかりません。

最近あることを発見しました。ロマン派のタールベーグを練習しているときです。この楽譜は3点シ、すなわち五線の上方第5線上のシが出てくるのですが、本当によく間違います。この部分にくると急に嫌気がさしてくるらしいのです。何かとても複雑なことを、深刻に考えなければならないような気分になるそうです。

私も鬱になった経験上、簡単そうなことでも、いざことを起こすとなると、最初から厭戦気分なのです。本当馬鹿みたいな話ですが事実です。一例をお話し致します。私が鬱だった4年前ですが、人生なにもかも嫌になった時期があります。何を考えても悲観的でした。何も出来なかった時期でしたが、月1回の町内会のパソコン教室だけは絶対続けようと心に決めておりました。地元の公民館の一室で椅子と机を用意しているときのことです。何も考えずに済むこんな単純作業でも気が重いというか、いやでいやで仕方がなかったのです。

そういえば娘は、少し込み入ってくると、話は聞いているのですが、「心ここにあらず」といった表情をよくします。私もできるだけ単純に簡素に問題点を話するようにしているのですが、娘の実情は私が考えている以上に深刻でした。

そういえば、普通の健常者なら、発表会という目標はあるものの、娘のような練習はとても出来ないと思います。またいくら私から怒鳴られても、練習は絶対に逃げません。

極端なことをいえば、現状は音を出す機械を操っている。その操り方は非常にうまいのですが、音楽が聞こえてこない。音の羅列が響いているということになります。

おかげで私も随分ピアノを弾くのがうまくなりました。何せ一音一音見本を示さなければならなくなったからです。

2007年7月 1日 (日)

chiakiのピアノレッスン 「アルマンド(パルティータ第2番ハ短調)」1回目

E09mowzx
 こんばんは。やっとピアノレッスンについて、ご報告が出来るようになりました。画像はアルマンド(パルティータ第2番ハ短調)です。とても美しい曲ですが、今年の1月から私の「頭痛の種」でありました。何度注意しても娘chiakiが、まともな演奏が出来なかった曲であります。

 頭痛の種の理由とか、原因をお話しする前に、少し書きたいことがあります。「ぼやき」と受け取って頂いても構いません。曲を演奏するに際して、当然、楽譜に記されている約束事は遵守して弾かなければなりません。この場合使用している楽譜が正しいものという前提がありますが。ここでは楽譜の版の問題はまた別とします。

 私は仕事から帰って来る頃は大抵の場合、chiakiが曲を練習しています。他の曲はともかく、つい最近まで、この曲を練習しているのを聴くと暗澹たる気分になります。それが半年も続いていたのです。別に音楽のことでなくても構いません。毎日ではないにしろ、半年も同じ注意をして、それが修正できていなければどういう気持ちになられるでしょう。まともな神経の持ち主なら、注意する相手が悪かったとあきらめるのではないでしょうか。

 食事をしている時でも、自分の部屋でくつろいでいるときでも、このアルマンドを練習されると、食事は即中止、私自身の休憩も同じく即中止です。ピアノのそばに行き、「何度注意すればわかるんだ!」と怒鳴っている私。この半年間怒鳴られている娘も可哀想ですが、怒鳴っている私はもっと惨めです。

 先ほど、楽譜に記されている約束事と書きましたが、もちろん音符だけではありません。chiakiが最近まで出来なかったことを何点が挙げてみます。

冒頭から(ラ♭ソファソ)と(レミ♭シド)
(ファミ♭レミ♭)と(シドソラ♭)
(レドシド)と(ソラ♭ミ♭ファ)

 以上の組み合わせの構造であることはおわかりでしょうか。しかも後の組み合わせは倚音(いおん)とその解決音で構成されています。倚音は解決音に向かって吸い込まれるように演奏することによってその装飾的な目的が達成されます。誤解を恐れずにいえば、倚音を心持ち強く、解決音は心持ち弱く弾くのですが、娘の場合注意されたときは、それらしく弾くのですが、私の姿が見えない時は、まともに弾いていたことは最近までいちどもありませんでした。それともうひとつ重大な欠陥があります。この曲はごらんの通り2分の2拍子ですが、何度弾いても4拍子に聞こえます。

 前述の組み合わせから連想されますように、16分8つを一息で弾きますと、2拍子が表現できます・・・とこのように書くととても単純で、素朴な問題のように見えますが、指導が悪いと、いとも簡単に4拍子で弾きます。まず、アウフタクトの音符3つ、次の小節からは16分音符4つ一組が4つに見えます。普通に見ると、だれでもそのように見えます。それをこのまま機械的弾いていくとどうなるでしょうか?・・・楽器を演奏しない方は私のいらだちは恐らく想像もつかないと思います。
 
 実際問題、上記のように構造を無視して機械的に弾いても注意深く聴いていなければ、大きくは違って聞こえて来ません。私の基本姿勢として、結果がわずかの違いであれ、その効果が、たとえ微妙な違いであっても、楽譜の構造(特にバッハの場合)を無視した演奏は、容認出来ません。これは耳の問題ではなく、良心の問題だと、私は考えています。

 結果論ですが、娘chiakiは、これぐらいは理解しているだろうと思った私の間違いでした。実は何も理解していないのでした。(次回に続きます)

最近の写真