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2007年9月28日 (金)

you tube の映像

こんばんは。最近 you tube の映像をよく見るようになりました。きっかけは、グールドの映像がかなりアップされていることを知ったからですが、2日ほど前、「江夏の21球」とyou tubeのメインサイトで検索しましたら、なんとアップされていたのです。もちろん日本語です。

ポリーニ リスト 超絶技巧練習曲第10番

アルゲリッチ 若き日のインタビュー(20代)もちろんショパンの演奏もあります。

は全く初めてでとても楽しめました。

2007年9月22日 (土)

グールド、恐るべき秘密!?

こんばんは。娘chiakiは今日、明日と赤穂(赤穂浪士でおなじみの)に出かけています。ですから今夜はピアノレッスンがありません。久しぶりで解放されるのでchiakiはほっとしているでしょうが、それは私も同じ。私の注意、指摘を即座に修正できる実力(指のコントロール)を持ちながら、心の病のためにそれが即座にできません。馬耳東風のごとくです。何度も何度も同じことを注意しながらのレッスンが毎日続いています。娘の方もたいへんで、毎日初見で弾いているような感じではないでしょうか。

今年の発表会のプログラムですが、バッハのパルティータの6番をいれております。昨年の発表会のアンコールの第1曲目に弾いたのがこの6番のコレンテです(画像はその最後の方です)。

このブログを以前からごらんになっている方はお気づきかもしれませんが、私はかなり以前からグールドの技術(特に運指)を研究しています。グールドのビデオ(ピアノを演奏している物なら何でも)をごらんになればすぐわかるのですが、どんなに複雑なパッセージでも、最小の動きで非常に安定した演奏をします。

最大の要因は暗譜ですが、グールドの場合楽譜をスナップショットのように、記憶しているだけではなく、弾く前から指先と触感を前もって頭の中でシミュレーションしており、その直後に指を動かしているだけなのです。(本人の証言による。詳細はアンドルー・カズディンのグレン・グールド アット ワークの212ページ(日本語訳版)をご覧下さい)

楽器を弾かない方はよくわからないと思いますが、これはひとえに天才だけがなせる技です。ところが、グールド自身何故そんなことができるのか説明できないのです。

ごく普通の人間でしたら、「そうですか」で終わってしまうところ、好奇心の固まりである私はその秘密を探ろうと決心したのです。グールド没後、大量にLD(レーザーディスク)が発売されました。ほとんど所持しておりますが、それを片っ端から見ていったのです。そのなかであることに気づきました。それは、弾く直前にはこれから弾く鍵盤に、真上に指が来ている(或いはすでに触れている)のです。ピアノの弾かれる方は「そんなことは当たり前だ」とおっしゃるかもしれません。確かにその通りなのですが、でも何か他のピアニストと違うのです。そこで、この問題は保留しておいて私は運指に目を向けました。

グールドはバッハにおけるビショップ、ベートーヴェンにおけるシュナーベルに代表される出版譜の運指に極めて懐疑的(実際のグールドの言葉はこんなに穏やかなものではありません)で、何か自然発生的に浮かんでくるものと断言しています。またかつて楽譜に運指を書き込んだことがないとまで断言しているのです。

グールドは自分が天才であることを宣伝するのが極めて巧みで、実際そうであっても、理由もなしにあのような演奏ができるわけがありません。

オーットー・フリードリックのグールドの伝記の冒頭に数冊のカークパトリック編のゴールドベルグ変奏曲が遺品として残されていることが書かれておりました。もちろん運指が書き込まれているとも書き込まれていないとも書かれてありません。すでに暗譜しているなら同じ楽譜が数冊も必要ないはずです。録音の時に必要だったのかもしれませんが、私は別のことを考えたのです。私自身歯がゆいのですが、この件に関しても結論がでておりません。

そこで現実に目を向けることにしたのです。グールドの映像から運指を盗むのです。まだほんの少ししかできてませんが、進行中です。

ようやく本題に入ります。パルティータ第6番コレンテの最後の方の左手の運指をご覧下さい。印刷された数字は井口基成先生の運指、鉛筆の薄く書かれているのが私の運指です。そして□で囲まれた数字がグールドの運指です。運指をご存じない方に少し説明させて頂きます。運指番号ですが、右手も左手も1=親指、2=人差し指、3=中指、4=薬指、5=小指です。そして「2−1」ですが、まず2で弾き、音を保持したまま1の指に入れ替えます。要するに親指と人差し指が蟹歩きしているような運指です。該当部分の音符は下降の音階ですので、この運指で弾きますと音を間違いようがありません。ここの音はテヌート気味に演奏していますので、2の指の感触がグールドには必要であったと思われます。この2−1の替え指(ピアノ奏法ではこのように言います)をグールドは頻繁に使用しています。

もちろん、ここでの運指はグールドが必要と思われる音を出すための運指であって正確さを第一義に考えたものではありません。しかし結果的にはお見事しか言いようがありません。自然発生的とは、グールドも遠慮したものです。そうではなく、音楽的に熟考(グールドの場合は楽譜を見たとたんに浮かんでくるのでしょうが)された運指であります。

娘は、私の運指で弾いておりますが、音楽的意図が理解できないとこのグールドの運指は極めて特殊な運指いうことになります。

参考までに、ピアノを弾く時に難しいもののひとつとして親指が他の指の下をくぐってポジションチェンジをすることです。少なくともプロを自認されている方なら、こんなことはありえませんが、ドレミファソラシドを弾くとき、私の場合最初のドと4つ目のファが親指で弾いたことがわかります(注)(当然ですが耳で確認してます)。以上のことから親指をくぐらす運指は少なければ少ないほどいいのですが、上記に述べたグールドの運指はあの音の中では一度も親指をくぐらせません。

注)親指で弾く音はどうしても他の指で弾く音よりも大きくなりがちです。またドレミファソラシドの場合ミを3で弾いた後3の下をくぐって1がファを弾くのですが、よく訓練されていませんと、ミとファの間でわずかですが音がとぎれます。また弾き方によっては親指ですから音が大きくなりがちです。ゆっくりと弾く場合は、音を聞いて弾いている限り音の粒を揃えるのは容易です。
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2007年9月20日 (木)

グレン・グールドについての講演会

こんばんは。少し情報がありますので、お知らせしたいとおもいます。今年はグールド没後25年ですが、生誕75年でもあります。来る10月11日(木)にグールドについての講演会があります。

場所 カナダ大使館 オスカー・ピータソン シアター
時間 17時から21時30分

講師 宮澤淳一さん
演題 2007年のグレン・グールド−没後25年を迎えて
上映 Off the Record On the Record「邦題 27才の記憶」(1959年)
「グレングールドのトロント」(1970年)

以上です。
申し込みはこちらから

2007年9月18日 (火)

プログラムができあがりました

こんばんは。今年のchiakiの発表会のプログラムができあがりました。ワード文書でアップしております。

chiakiの病状のこともあり、まったく手を付ける気がしなかったのですが、週末にできあがりました。デザインは昨年とほとんど同じです。背景のウォーターマーク(透かし)ですが(見える出しょうか?)バッハの無伴奏のヴァイオリンソナタ第1番のアダージョの自筆譜です。

それでは、こちらです


2007年9月 8日 (土)

ドキュメント 「ショパン コンクール」

Mf99yqe5 こんばんは。少し古い(2005年7月初版)本ですが、佐藤泰一(さとう たいいち)さんの「ドキュメント ショパンコンクール」の中から少し紹介したいと思います。佐藤さんは元新日鐵の技術研究者を経て現在技術コンサルタント、音楽評論家をされています。近いところではウワディスワフ・シュピルマンの「戦場のピアニスト」の翻訳者といえば馴染みがあるのではないでしょうか。古いですが、「ロシア・ピアニズムの系譜」という凝った本の作者でんもあります。ヴェデルニコフのCDの解説でもおなじみですね。

ショパンコンクールといえばコンクールの老舗で通っておりますが、1960年の第1位はポリーニだったとか1965年はアルゲリッチが1位だったかは知っていても、その時の審査委員のメンバーとか、課題曲とか、他の入賞者のことなど、よほど興味がないかぎり、詳細を知ろうとする人は少ないのではと思います。もちろんショパンコンクールに関してはイェジー・ヴァルドルフの「ものがたり ショパン・コンクール」が有名ですが、この本は著者の一種の回想録であり、審査委員のメンバーとか順位とか入賞者のプロフィールとか、データの部分では少なからず漏れがありました。

ヴァルドルフの著書はそのかわりコンクールの現場にすべて立ち会った臨場感があります。佐藤さんのこの本はそのデータ的な部分を、現場に立ち会ってはいませんが、当時のプログラム、現地の新聞とか寄稿文とか、インタビューなどを資料として、臨場感の再現に努めています。

特徴として、コンクールの回毎の審査委員の名簿、上位入賞者のプロフィール、その時々の事件、エピソードなどが盛りだくさんです。入賞者のプロフィールについてはコンクール後のコンサート、録音状況までも調査して書かれています。

さて1955年の第5回ショパン・コンクールの1位は誰か?

1位 アダム・ハラシェヴィチ
2位 ウラディーミル・アシュケナージ

と書けば誰もが???ではないでしょうか。もちろんピアノ好きならば誰でも知っている事実ですが、いくら考えて不思議な結果です。

そこでこの本で説明しております、この第5回の時の1次、2次、3次予選の点数比較をしてみます。

1次  アシュケナージ 23.38
1次  ハラシェヴィチ 23.23

2次  アシュケナージ 23.33
2次  ハラシェヴィチ 22.88

3次  アシュケナージ 21.96
3次  ハラシェヴィチ 23.83

総合  アシュケナージ 68.67
総合  ハラシェヴィチ 69.94

この点数はどうやってはじき出されたかの疑問は大いにあるのですが、それはさておき、この最終結果を審査員全員が確認のサインをしなければいけないのですが、ミケランジェリはサインを拒否したのです。「ハラシェヴィチの1位は納得できない。大差でアシュケナージが勝っていた」と言って審査員を辞退したのです。歴史的な評価は、皆さんご存じですが、この話を読んでようやく長年の疑問が解けたような気がします。ところで第3次は協奏曲だったのですが、アシュケナージ本人は協奏曲の時は調子が出なかったと言っています。

いつだったか、コンクールの結果は、受賞者の未来の栄光を決定的に保証するものではない。あの時の審査員の判断は誤りだったといわれるように、みなさん精進してもらいたい。

けだし本音といわなければなりません。

2007年9月 7日 (金)

セカンドオピニオン

こんばんは。以前から娘の病気については気になることがあり、いわゆるセカンドオピニオンを実施しました。最近は一開業医でも、自分だけの判断に頼らず、同じ診療科目はもちろんのこと、他の診療科目の医者にセカンドオピニオンを依頼するこが少なくありません(少し込み入った病気の場合)。

娘の場合、どうみても鬱病のたぐいには見えなかったのですし、処方されている薬から判断して、?マークが10個くらい付くように思いました。

家人との意見の相違もありましたが、結局本日9月7日に別の医者に診てもらうことにしました。病名は「統合失調症」です。疾患の内容はここでは詳細は避けますが、娘のとの関わり合いから、こちらの方がはるかに納得できるものがあります。よく「素人判断」とは良い意味で使われることはほとんどありませんが、いくら専門知識、臨床経験があっても、人が人を見ることには変わりありませんので、この素朴な印象はとても重要な気がします。

振り返れば、昨年の発表会を終えた頃は順調な回復に見えたのですが、今年に入って逆に悪化することばかりでした。母親(家人)を含めて家族の多くは、私のピアノレッスンに原因を求めていました。私のレッスンは厳しいというより、あらっぽい(したくはないのですが怒鳴ります)ですので、普通に考えれば相当のストレスを娘に与えたことになります。

これに対する反論はいくらでもできますが、少なくとも何の為にピアノをやっているのか、これは娘と私は何度も確認しあっています。本当は怒鳴られたら、泣いてくれれば一番いいのですが、プライドがあって涙なんか流せないと娘はいいます。

ピアノをやめることは簡単です。ピアノ演奏も自己表現のひとつであることを早く気付いてくれることを願っています。

追伸 パバロッティさんが亡くなりましたね。

2007年9月 4日 (火)

chiakiのピアノレッスン 疑似発表会 その3

こんばんは。昨日9月4日は娘のカウンセリング?でした。ピアノに限らず、普段の生活で私が気付いたことなどを話題にして、約1時間ほど話し合いました。ところで、娘がピアノ以外にも継続してやっていることがあります。向精神薬を継続して服用しますと女性の生理現象のメカニズムが狂ってきます。その結果体重が大幅に増加し、身長は169cmながらを昨年は70kgを遙かに超えておりました。今年に入ってからスクワットを薦めて、朝晩30回からスタートしました。現在何回できるか想像できるでしょうか?

30回から始め、週毎に10回ずつ増やしていきまして、現在は270回を休息なしでやっております。体重は68kgまでしか落ちませんでしたが、お腹のたるみはほとんどなく、見た目が本当にスマートになりました。

ほとんどことが三日坊主の娘にしては珍しいことですが、やらないとその日が始まらないし、終わらないとも言っています。100回くらまでなら、私でも連続でできますが、270回はできません。

さてピアノレッスンですが、ミスがあってもほとんどそのまま弾かせようと思いましたが、さすがに今日は途中で止めました。表現上の指摘ですので、念入りに見本を示しました。娘の最大の欠点は、音量(大きすぎる)とタッチの硬さなんですが、これはすぐ修正できるものとそうでないものとがあります。スタッカートの部分で、「chiakiの話し方と同じで、あなたのスタッカートは聴いていて、いらつく」と指摘したのですが、大いに笑っていました。図星だったわけです。娘がいじめにあったのは、この彼女独特の会話の受け答えにあります。この笑えること自体が今までなかっただけに、回復の兆しかもしれません。

問題のスタッカートですが、鋭いスタッカートは効果的に用いませんと嫌な音になります。約半分の音価のスタッカートに修正することで、音質が改善されたように聞こえます。

グールドはこのデタッシェ(ノンレガート)も含めてスタッカートの天才で、リズムの躍動感、切迫感などを感じさせることがあっても、嫌みな音は、私には一音たりともありません。特に超スローテンポのスタッカートは彼の独壇場です。例を挙げましょう。バッハの平均律第1巻8番変ホ短調のプレリュードです。

2007年9月 2日 (日)

chiakiのピアノレッスン 疑似発表会 その2

こんばんは。朝晩は結構涼しくなりましたのに、昼間はまだまだ暑いですね。仕事の休憩時間に雑誌を読んでおりまして、紹介したい記事がありました。パソコン雑誌はもう読まなくなって4年以上になりますが、7月にパソコンが故障したこともあり、修理の後、最近のパソコン事情が知りたくて久しぶりでパソコン雑誌を買いました。隅々まで読んだのですが、理解の方はもうひとつでした。そんな折、8月に買った同じ雑誌の10月号が最近発売されており、昨日買い求めました。

ウインドウズが起動しなくなることは、よくあることですが、パソコンの場合、原因を深く考え込むよりも、修復の手だてを何通りか知っておく方が現実的であると思います。

その前に、パソコンが故障した場合、ハードディスクのトラブルが結構多いのですが、現実問題として、ハードディスクは必ず壊れるということを頭にたたき込んだ方がいいと思います。その意味で、普段からバックアップ(コピー)をする癖をつけておくことが大切です。

バックアップするのは、

■自分で入力した文書類
■写真・ビデオ・音楽ファイル
■メール・メールアドレス
■お気に入りのURL
■ホームページのサーバの設定

等です。

プログラムはいくらでも再インストールできますが、上記のものは失うとやっかいです。

なおハードディスクは壊れますが、だからといってデータが完全に失われるわけではありません。これは是非覚えておいて下さい。ハードディスクのメーカーあるいは、データ復旧の会社に依頼すれば有償ではありますが、データは復旧できます。ハードディスクのメーカーはご存じでしょうか?
シーゲート、日立など検索で見つかります。

パソコン関係の話はまだあるのですが、本題ではありませんので、ピアノのレッスンの話です。

誰でもそうだと思いますが、楽しみながら楽器を演奏できればどんなにすばらしいことでしょう。ところが楽しむまでに相当苦しい、あるいは疲れる思いをしなければなりません。

発表会まであと2ヶ月半くらいですが、これからはどれだけ楽しく弾けるかが、発表会が成功するかどうかの鍵を握ります。想像してみてください。発表会に来てくださる人々は娘のピアノの演奏を聴きに来ているのであって、苦しい練習の痕跡に同情するために来ているのではありません。

技術的に弾けていない部分は当然避けて通れませんが、いままでの技術的なアプローチではなしに、表現方法としてのアプローチに変えていかなくてはなりません。イメージを指の動きではなく、音の動きに移行しなければならないのです。

大昔ですが、ある音楽関係の本にベートーヴェンはピアノのレッスンをする際、音の間違いよりも発想記号を厳格に指摘したと書かれておりました。

グールドはピアノとの親密関係を確認する意味で練習することはありえないと言っておりました。私たちは、ここまでの境地には到達することはありませんが、音楽をどうやって引き出すかがこれからの私のレッスンにかかっています。

2007年9月 1日 (土)

chiakiのピアノレッスン 「疑似発表会」

こんばんは。昨夜はパソコン狂想曲で、四苦八苦いたしましたが、今夜のパソコンは順調です。根が何でも自分でしたがる方で、かつ何でものぞきたがる(特に機械類は)方ですので、思いもよらる事故が発生してしまいました。パソコンの雑誌などでパソコン自作記事が必ずあります。この中で自作過程のトラブルで必ずCPUのピンを曲げたり折ったりすることがよく取り上げられております。雑誌などで疑似体験をしておきますと、まさかの時に役立つわけです。

さて今日から9月ですので、発表会の曲目の個別の強化練習は一旦終了して、毎日「疑似発表会」をしていきます。今朝は、パルティータ第2番ハ短調を全曲やりました。

「それでは、バッハのパルティータ第2番 ハ短調 全6曲続けてお聴き下さい。」と私が前口上いたします。

曲はほとんど途中で止めることはありませんが、6曲を通じてのテンポ、音量など、通して弾かないことには確認できないこともあります。

まずシンフォニアですが、昨年の発表会の最後の曲でした。それから1年間ほとんど弾いておりませんが、まあまあの出来で今日は弾けました。技術的にも運指を変更した箇所がありましたが、特に問題にはなりませんでした。

運指についてはグールドが述べていることを実践しています。復習しておきますと、「運指は自然発生的に浮かんでくるもので、どうしても変えなければいけない時にはいつでも変更できる程度のもの」ということです。

娘は運指の変更には極めて柔軟で、いつでも変更できます。解釈にこの柔軟さがあれば申し分ないのですが、現状では無い物ねだりです。

アダージョ・グラーベの付点音符の弾き方、アンダンテの音色などはまだまだ改善の余地があります。アレグロのフーガについては途中とまってもどこからでも弾けるように昨年猛練習いたしましたので、アドバイスはスムーズに受け入れ演奏に反映してくれます。要するに技術的な不安がないから(途中止まってもどこからでも入れるというのは大きな自信になります)余裕があるのですね。でも今日の最初の演奏は久しぶりでしたので、傷だらけでした。

ここで横道にそれるようですが、演奏中に止まるということは奏者にとって大変な衝撃です。ましてフーガのような構成の曲になりますと、曲の切れ目というのが極めて難しいのです。バイオリンにオイストラフが無伴奏のフーガ(第3番だったと思います)迷路にはまり、演奏終了に20数分かかった逸話があります。それほどフーガは止まることも含めて迷路にはまると大変なことになります。

その他の曲についても問題はたくさんありますが、その中で例外中の例外、サラバンドはほぼ完成に域に入っており、安心して聴いていられます。この曲については今後練習をあまりしないように進言しました。適度の緊張感と鮮度を守るためには練習しないこともまた練習の一つです。これもグールドの方法論の一つです。

chiakiのピアノレッスン 「レパートリーの習得は終了しました」

こんばんは。まずタイトルを記述する前に、パソコン騒動をご紹介致します。「他山の石」として参考にしてください。

パソコンも5年以上も使っておりますと、内部にかなりのほこりがたまります。毎日ではないにしても時間があるときにパソコンの箱を開けて、綿棒等で掃除をするのですが、今日はCPUのクーラーを掃除しようと思いました。簡単にはずれたのですが、はずれたのはクーラーだけではなく、CPUもソケットからはずれていたのでした(後で気がつきました)。締め付けレバーを倒し、クーラーは元通り戻して、機器をすべて元通り、つないだのですが、画面がまったく出ません。もちろんバイオス(BIOS)が起動するときの「ピー」音も全くしません。

しまったと思ったのですが、「後の祭り」とはこのことです。CPUをお陀仏にしてしまったと大いに嘆いたのですが、勉強の為、CPUクーラーを完全にはずしてやろうと、今度は丁寧かつ慎重にことを運びました。なんとクーラーの下にCPUのユニットが貼り付いているではありませんか。

何もご存じない方のために若干説明しますと、ピン数は忘れましたが(478ピンです)CPUはたくさんのピンが裏にでています。ピン太さは0.3mm、長さ1mm半から2mmくらいでしょうか。これをソケットにピン位置を合わせて挿入、CPUソケットレバーを倒して、まずCPUをソケットに密着します。この後、CPUの表面にシリコングリスなどを塗り、CPUクーラーを取り付けるのです。CPUクーラは、アルミのフィン(羽)に電動ファンを組み合わせたもので、文字通り、CPUに風を送って熱を逃がすのですが、CPUクーラーをはずして掃除するときにCPUも一緒にはずしてしまっていたのです。

原因はシリコングリスです。これが接着剤となって、クーラーとCPUを貼り付けていたわけです。闇雲に元通りに押し込めば、64ピン以上あるCPUがソケットにうまく収まるハズがありません。かくしてCPUのピンがぐしゃっとつぶれたわけです。

ところで普通ならばこれでCPUはまずあきらめなければいけないのですが、最近昔の器用さが少し回復している私はあきらめませんでした。よく見ると、曲がっているピンは2本それも四隅に近いところです。精密ペンチP−38(HOZAN)を持っている私は即、ピンの補正を試行。

補正後、ソケットに無事装着。慎重クーラーも取り付けて今こうやってブログを書いております(めでたし、めでたし)。

最初から、クーラーをはずさないで、掃除すればこんなことはなかったのですが、貴重な経験をしました。

前置きが長くなりましたが、今年のchiakiの発表会のレパートリーは、条件付きではありますが、すべて習得しました。曲目はすべてバッハです。

パルティータ第2番ハ短調 全曲
イギリス組曲第3番ト短調 全曲
パルティータ第6番ホ短調 全曲
フランス風序曲よりオーバチュア、ブーレ1・2、エコー

以上です。繰り返しをするかどうかで曲の演奏時間は相当変わりますが、およそ1時間のレパートリーです。

今年は思うところあって、レッスンは昨年のように毎日しておりません。その代わり、1小節に1週間もレッスンした曲もありました。ブログでは何度も書いておりますが、「娘の演奏がたとえ下手であっても、曲の価値を疑われることがあってはいけません」

明日からは毎日疑似演奏会になります。私の曲目演奏前の口上も本番通りやります。曲はもちろん途中で止めません。途中で止められない怖さを体験することも重要なレッスンです。演奏の注意事項は山ほどノートができるでしょうが、最初から演奏に完成などありません。

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