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2007年11月30日 (金)

コーガンとリヒターのバッハ

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こんばんは。今回はレオニード・コーガン(1924−1982)とカール・リヒター(1926−1981)によるヴァイオリンと鍵盤楽器によるヴァイオリンソナタです。録音は1972年です。これだけのソリストが共演すれば大成功疑いなしと思いきや、必ずしもそうとはいえないようです。

生前、冷たい、冷徹なヴァイオリンといわれたコーガンですが、音色は明るく、決して冷たくはありません。しかし、ここでのコーガンは、端正を通り越して、謹厳実直すぎるような気がします。リヒターは細かいニュアンスを表現しているのですが、委細構わず厳しい音で表現し続けます。

ホッとできるところがほとんどなく緩やかな楽章でも、程度の差こそあれ、緊張が続きます。軍隊式のバッハといえばちょっと言い過ぎか。

これはコーガンの表現方法云々より、彼のバッハへの姿勢と思われます。1番ロ短調のアダージョも、4番ハ短調のシシリアーノも、酔わせるというよりも酔いを覚まさせるような表現です。厳しい、実に厳しい。

シェリングとヴァルヒャのバッハ

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こんばんは。前回に引き続きヴァイリンと鍵盤楽器のためのソナタです。今手元に数枚ありますので、すべて紹介したいと思います。

その前に、CDやレコードを聴くときの私のモットーというか姿勢を少し紹介しておきたいと思います。

「死ぬほど好きな録音に遭遇しても、他を聴く機会を絶対に疎かにしないこと」です。

これと全く同じことが「あること」についてもいえるのですが、不謹慎の誹りは免れませんので、今回は止めておきます。

ですから同曲異演の数枚は絶対に購入してしまいます。私だけかも知れませんが、こうやって聴いていくうちに、各々いいところだけ選んで私だけの演奏ができあがります。もっとも頭の中での話ですが。

さて、端正、オーソドックスという言葉を人名に変換すれば「ヘンリック・シェリング」というのは大げさでしょうか。
録音は1969年と古いものの、音楽の整った佇まい、ほどよく抑制が効いた音色、控えめのヴィヴラート、ヴァルヒャの堅固なハープシコードに支えられているのですから、悪かろうはずがありません。

特に第4番ハ短調「シシリーアーノ」の一種禁欲的な歌い回しはシェリングの独壇場といえます。バルヒャのハープシコードは一見ヴァイオリンに寄り添っているようには聞こえないのですが、強固な構成力でシェリングを支えています。ご存じかもしれませんが、このシシリアーノはマタイ受難曲の「主よ憐れみ給え」のオブリガートにも使用されているものです。シシリアーノにおける、シェリングの表現の気高さ(崇高といってもいいくらいです)は他ではなかなか聴けないと思います。

次回は、レオニード・コーガン+カール・リヒターです。

2007年11月27日 (火)

バッハのヴァイオリンソナタ

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こんばんは。ビクトリア・ムローバという美しいヴァイオリニストがいますが(いた?)彼女に、私は2回もだまされています。もっともこれは私の被害妄想ではありますが、だました事実はあります。

まず、バッハの無伴奏のヴァイオリン曲です。パルティータ集は録音したのですが同じく無伴奏のソナタ集は一向に録音する気配がありません。次にだまされたのが、バッハのヴァイオリンと鍵盤楽器のためのソナタです。1993年にブルーノ・カニーノとで、1,2、6番を出しましたが、残りが出ないと思ったら、何とオニックスから、同ソナタ集の全曲盤が出たのです。だまされたといえば、ムローバの漆黒の長いヘアスタイルが大好きだったのですが、今ではショートカットで髪も染めています。

話がそれました。私は室内楽は本当に苦手でいつも何か物足りなく、あるいは音楽の中に入っていけません。そんな中でも音楽にのめり込める曲が何曲が見つかりました。一つはフランクのヴァイオリンソナタで、もう一つがバッハのヴァイオリンソナタ(無伴奏ではない方の)です。

バッハのヴァイオリンソナタは無伴奏が有名過ぎるので、この鍵盤楽器とのヴァイオリンソナタは地味に感じられるのでしょうか。私はギターからバッハに入りましたので、全曲ではありませんが、高校生の頃から無伴奏ヴァイオリンソナタ、パルティータに親しんできました。しかし、「必修科目」のような感じがどうしてもするのです。ご存じの通り、ギターはレパートリーは多くあるのですが、ピアノ、ヴァイオリンの傑作に匹敵するものは決して多くはありません。ですから無伴奏のバッハはそれこそ宝物のような扱いで取り組んできました。セゴビアではありませんが、ギターで練習しているときはもちろん演奏に「ある種の使命感が伴うのです」。例えば、ある演奏家の無伴奏のソナタ第1番のフーガト短調を聴いているとします。私ならギターでもっとうまく弾いて見せる(実際にそのようにひけるかどうかが別にして)となにやら無用の競争意識が働くのです。競争などもってのほかですが、これには長い間悩まされました。ギターを止めても10年くらい続いたと思います。それほどギターを愛していましたし、ギターでのバッハを演奏できることは無上の喜びでした。それにも拘わらず、使命感がつきまとい必修科目の感があるのです。

ヴァイオリンと鍵盤楽器とのソナタは、必修科目に対して「選択科目」のような感じがするのです。要するに気楽に聴けるのです。

以上が前置きです。

ムローバはカニーノとの録音でもスラディバリを使用しながら、ピッチ、弓をピリオド楽器に持ち帰ることなく、いわゆる古楽の成果を取り入れて演奏(例えばビブラートを多用しないなど)しています。

ところが今回オニックスからの録音では楽器がピリオドのガダニーニ。弓もバロックスタイルのものを使用ピッチも412Hzで、完全にピリオド奏法に切り替えて演奏しています。

ムローバといえばフィリップスですが、ヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲の録音を拒否されため、オニックスに移ったようです。先にヴィヴァルディの協奏曲がオニックスで録音されていますので、ピリオド楽器の成果をヴィヴァルディで確認後満を持してバッハに取り組んだのかもしれません。

ピリオド楽器固有のゴムが伸び縮みするような独特ののこぎり音は一切しませんし、やはり楽器は替わっても名手は名手です。ムローバならばもっと歌ってほしいという場面が多くありましたが、逆に控えめな情熱が感じられ大人のバッハ、いや中年から老年にさしかかった円熟のバッハという気がします。第1番ロ短調の第1楽章と第4番ハ短調の第1楽章だけ聴いても非常に美しい音楽が流れます。

ピリオド楽器アレルギーの人にお勧めの1枚です。

だまされたと冒頭で書きましたが、古楽奏法を手中にした今、今度こそ無伴奏を全曲録音してくれるかもしれません。そんな期待を抱かせます。

もうかなり以前のことですが、飲み会などがあった時、車で女子社員を家まで送って行くのですが、この時私は一切言葉を発せず、クラシック音楽だけを流して走ります。この時の音楽がバッハのヴァイオリンソナタロ短調第1楽章とアルビノーニのオーボエ協奏曲ニ短調のアダージョでした。涙を流す子もいれば、今最高の幸せを語ってくれる子もいました。このままどこかへ連れていってといった女の子もたまにいましたが、もちろん私はその子の耳と感受性を大いに誉め称え家まで送り届けたのでありました。ちなみは私はお酒はのみません。

発表会2007の反省

Nab8seqd こんばんは。発表会から1週間が過ぎ、この1週間うれしい余韻もありましたが、私の頭の中は発表会の反省で一杯でした。今回の発表会はミスがあったのですが、それ以上に私が指導してきたことが、本番で活かされてない部分が多くあったからです。

chiakiに自信を以て発表会に臨ませてあげられなかったのが私としては一番悔いが残ります。大きく分けて以下の反省点が挙げられます。

1 選曲
2 練習時間とレッスン時間
3 アップライトピアノとグランドピアノの問題
4 基本的な音楽知識と美意識

まず1の選曲ですが、まず量の問題です。今回少し私のお喋りもありましたが、組曲4曲、アンコール4曲の演奏に90分強かかっています。この時間は完全にプロのリサイタルの時間で、chiakiには無謀ともいえる時間です。この時間はもちろん選曲した時点でわかっておりましたが、私としては最後の発表会になるかもしれないということで、できるだけたくさんの曲を弾かせてあげたかったのです。でもこれが裏目に出ました。

次に選曲のレベルですが、これもすべて難しく息が抜ける曲は1曲たりとてありませんでした。実を言えば2曲あったのですが、その曲は練習通りの弾き方をしてくれませんでした。ここでの難しさは単に指の難しさだけでなく、音楽の難しさです。つまりあれこれやることが多く肝心の音楽がどこかへいっちゃうということがとても多かったのです。バッハをよく知らない人からは、何故モーツァルトとかショパンをやらないの?バッハをよく知っている人からは何故フランス組曲をやらないの?といった質問を頂きました。どちらも至極まともな質問だと思います。まずショパンですが、練習はしましたが、とても人様に聴いて頂けるような演奏ではありません。これは私が保証します。要するにセンスの問題です。弾き方をいくら教えたところで感じるものがないので、歌が出てきません。モーツァルト、ベートーヴェンの古典派も練習しましたが、これまた練習曲のように弾いてしまいます。発表会ではchiakiのいいところが発揮できませんでしたが、多くのことは今回のレパートリーから学びました。私は今回の再チャレンジとして、録音の場を設定しようと考えています。

2 練習時間とレッスン時間ですが、今回は曲数も多く、練習時間も昨年と同じくらいで推移しましたが、以外ともたついてパルティータ第6番のジーグなど始めたのが7月ですからこれは相当な遅れです。人様に聴いて頂くためには、弾けるようになってから最低でも6ヶ月の準備が必要です。ほぼ完成させてからでも3ヶ月は必要です。昨年は一旦完成したかに見えたプログラムを徹底的に洗い直す時間がありましたが、今年はその時間が少なかったのです。これは選曲の問題とも関係があります。

3 アップライトとグランドピアノの問題ですが、これは予想以上にありました。当日のリハーサルの時間も含めてグランドピアノで弾く時間が少なかったのは私の完全な手落ちでした。曲ができあがっていないので、グランドピアノでのリハーサルをし損なったというのが実情です。これは練習スケジュールの問題で、指導者の手腕にかかる問題でもあります。

4 今回レッスンしていまして一番苦労したのがこれです。装飾音の弾き方からフレーズの問題、その他いろいろ、本当に苦労しました。パルティータ第6番トッカータの最初の二つのアルペジオの弾き方で1週間もかかってしまいました。
もちろん私の解釈が一番美しいなんて思ってはおりませんが、すくなくとも納得したはずなんですが、その都度弾き方がバラバラです。これは音楽的素養もさることながら、美意識の問題かなと思う部分がたくさんありました。美意識なんてものは教えられるものではありません。こんなに荒っぽい音を出して平気でいられるのは、やはり美意識の問題?

今回はこの辺で。

2007年11月23日 (金)

発表会(2007) 余話

こんばんは。今回の発表会のお陰で、40年ぶりに小学校の同級生に会うことができました。実は昨年再会した小学校の恩師が同級生に誘いをかけてくれたのです。記憶がないといって最初は躊躇されていたらしいのですが、先生が下記の写真を送ってくださって思い出したそうです。女性1名、男性1名が発表会に来て下さいました。私は全く期待しておりませんでしたから、大変驚きました。発表会終了後、ミニ同窓会を開いて、当時をなつかしみました。

この恩師は井上先生(旧姓)といいます。大学を卒業後、加西市(兵庫県)の中学校で美術を教えていらっしゃたのですが、当時(1960年)私たちの3年クラスの人員が学期途中で増え、クラス分割してクラスをもうひとつつくることになったのです。その時に加西からやってきて私たちのクラスの担任になりました。当時は戦後の雰囲気がまだ残っている中、またおばさん先生が多かったのですが、若くて優しい先生にたちまちクラス全員が虜になったのです。彼女は2学期の途中から3学期まで私たちのクラス、次の年は2年生のクラスを受け持ちました。私のクラスの多くは4年生になっても彼女のクラスに暇を見つけては会いに行ったものです。

私は多くの先生に出会いましたが、彼女ほど公平に子どもを愛した方はいらっしゃいませんでした。今ではこんな話は信じられませんでしょうが、PTA(当時は育友会)の有力者の子弟、あるいは勉強がよくできる子どもが贔屓をされたものです(そのような風潮だったのです)。

3年前、明石で井上先生の個展が、ある喫茶店でありましたが、そこでの再会のおり、来訪者アルバムに「私の初めての先生でした・・・」と記帳させて頂きました。私のブログをずっとご覧になっている方でしたらご記憶があろうかと思います。よもやま話 番外編に写っている方が、現在の井上先生です。

また彼女ほど子どもに愛された先生も少ないのではないかと思います。小学校に2年と少し在籍され結婚、妊娠されて退職されました。先生の結婚式に贈った下級生の作文は、今読んでも涙を誘うほどで、後に先生はその作文を書いた本人の結婚披露宴で、朗読したのでした。この作文は朝日新聞の「先生の忘れ物」というシリーズに取り上げられました。

井上先生は40歳の頃に、全盲の子ども達が製作した粘土像に出会い、その魅力に引き寄せられ、私財を投じて粘土像と製作した全盲の子ども達の思いを、展示会を通じて伝えていったのです。展示会の回数は数えること150回、古希を迎えられた昨年、粘土像の語り部に終止符を打たれたのです。

下の赤丸の左側が井上先生、右下の赤丸がcalafです。当時の私は今みたいにお喋りではなく、学校の行き帰りはいつも歌をうたっていました。ちょうどベートーヴェンの月光を聴いたのがこのころだったと思います。NHKの音楽の泉です。このラジオ番組は現在でも続いています。最後に音楽の話題になりました。ここで終わりにしたいと思います。
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2007年11月21日 (水)

発表会の余韻 (2007)

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こんばんは。chiakiの発表会が終わりましたが、余韻が続いております。今回はその余韻を含め、発表会にまつわる余話をお届けしようと思います。まず、発表会に先立ち、15日に樹衣子さまによる発表会の紹介から始まりました。彼女が私のブログから引用された「シュバイツァーの『バッハのインヴェンションについて』の文章」はバッハ、あるいはポリフォニー音楽の核心をついたもののですが、音の実感としてはなかなか把握しずらいものです。しかしながら私の100近いブログの中から、シュバイツァーの言葉を引用されて、私たち親子の取り組みを紹介して頂いたことに感謝の気持ちはもちろんですが、それ以上にバッハに対する心の繋がりのようなものを感じた次第です。

また発表会を終えた当日の夜、オーディオクラブのYさんから写真ができたので送りますという連絡を頂いたのですが、写真に添付された彼のメッセージには「日頃ご研鑽のバッハの旋律を堪能させて頂きました。小生のジャズで荒れた耳には、とても新鮮に響きました・・(中略)音楽の力は強いと思います。趣味で繋がった間柄ですが、良き友を得た思いで一杯です。」という一文を寄せて頂きました。同じクラブの仲間ですが、日頃は疎遠、しかも好みのジャンルはYさんはジャズ、私はクラシックです。そもそもお越し頂けるとは全く思っていなかったのです。本当に有り難いことだと思います。

最後に、4度も行くことができないと仰っていた方が会場にいらっしゃいました。奈良に近い大阪の方ですが、私の恩師の知人で、昨年ある催しでお目にかかりました。メールで案内で、プログラム同封の案内で2度目、お電話で3度目、そして恩師からも案内を送っていたそうですが、それが4度目になります。何が彼女を動かせたのか、私は尋ねました。「足を運ばせたのは何故だろう。居てもたっても居られず心が動く、そうさせたのは、父子の熱い想いが神霊となってここまで届いたからかな?」とお返事を頂きました。

紹介したいものは他にもありますが、娘の演奏の出来が必ずしもよくなかっただけに、終了後の喜びはひとしおでした。余韻はまだ続いております。

<続く>

2007年11月18日 (日)

第2回ピアノ発表会終わりました

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こんばんは。まず、昨日、本日を当ブログをご覧頂きましてありがとうございます。ほんとに多くの方々にご覧頂きました。

松風ギャラリー(兵庫県加古川市)での娘のピアノ発表会は無事終了しました。会場は午前9時から午後5時まで借りていましたが、調律が11時頃までかかり(9時前から始めています)リハーサルできたのが11時前、調子があがらず、不安になりましたが、12時頃になって本来の調子に戻りました。去年はそんなにいい音だと思わなかったのですが、今年は驚くほど反応がよく潤いと深みのある低音、暖かさと繊細さが美しい高音がよく出るようになっていました。

普段アップライトで練習してるので、たださえ大きいchiakiの音がフォルテ3つぐらいに聞こえました。昼食を済ませて12時20分頃から再びリハーサルをしました。ここでようやく本来のピアノ、ピアニシモが弾けるようになり、アンコールで弾く予定のバッハ=シロティのプレリュードロ短調は本当に美しい演奏になりました。あらためてグランドピアノの威力に魅入られました。ちなみのここのホールはベーゼンドルファーのセミコンサートグランドなのですが、現在の価格は1千万円を超えるのだそうです。空調が効きすぎるので温度を下げてもらったのですが、それが災いして、ピッチが狂い、調律が手間取りましたが、入念に調律を済ませ、1時間後に再調整して頂きました。本来なら1時間の立ち会い料金が必要なのですが、昨年と同じく調律師のMさんが格安の料金で再調整して下さいました。

さて、お客様ですが昨年のブログ3人集のような方がいませんので、今年は寂しいかなと思っていたのですが、娘の中学校の恩師、私の小学校の恩師、私の小学校の同級生(40年ぶりです)、オーディオクラブの面々とその知人の方達が今回来て頂きましたので、旧交を温めることができ、人の縁のありがたさが身に滲みました。

肝心の演奏ですが、出来は決してよくはありませんでした。普段間違わないところのミスがたくさんあり、また止まりそうになったことも2,3度ありました。普段の練習では絶対見せなかったアクシデントがありました。理由はいろいろあるのですが、珍しく「あがった」と言ってましたから、精神状態が普通になったのかもしれません。実に喜ばしいことですが、私の方は心臓が止まりそうに何度もなりました。

また、今日はミスしても怒鳴られないので、タガが緩んだと言ってました。これも冗談みたいですが、実に的を射てます。つまりレッスン方法が悪い面が出たということです。こんなことを指摘できるのも、よくなったからでしょうか。演奏は悲しいほどの出来でしたが、その意味では喜ばしい発表会ではなかったか?と思います。

リハーサルのところでも書きましたが、アンコールのバッハ=シロティのプレリュードロ短調はchiakiにとっては最高のできでした。私の思い出を壊さないで、逆に当時を思い起こさせる演奏ができたと思っています。この曲の演奏の前に、「この曲は私のはじめてのピアノの先生との思いでの曲で、娘に思い出を壊されたくないので、自分が演奏する予定でした。しかし、準備不足で演奏できないので、娘に弾かせます。私の大切な思い出を壊さないような演奏をして欲しい」と前口上致しましたら、大爆笑でした。

演奏の出来には相当悔いの残る発表会でしたが、今年もまた新しい出会いがあり、その意味では、まんざらではない発表会ではありました。

ビデオはしっかり撮っておりますので、昨年の分と合わせてYOU TUBEなどにアップしたいと思います。昨年の分も合わせて編集がありますが、レッスンがもうありませんので、時間はあります。もし、ご希望がございましたら、コメント欄等にお願いします。真面目に対応致します。但し、観賞をするにはあまりも傷が多すぎますので、ドキュメントとしての価値があるかないかというところです。その点はご承知下さい。

ありがとうございました。

2007年11月17日 (土)

明日はピアノ発表会

こんばんは。いよいよ明日18日がピアノ発表会です。今回の発表会を以て私のピアノレッスンも終わります。閲覧頂いた方々、コメント頂いた方々に感謝の気持ちで一杯です。直接お目にかかった方もあり、とても有意義な時間を持つことができました。今後はchiakiのピアノレッスンはありませんが、CD評などは山のようにありますので、これが中心になると思います。

今年の発表会は、現時点で問題が山積しており、先ほどまでレッスンしておりました。曲の選択の問題が一番大きいのですが、私のレッスン手法にも大きな問題があります。先日横山幸雄さんのレッスンビデオを見てつくづく思いました。

やはり「伝え方」の手法で、ピアノを弾ける、弾けないは大きな壁ですね。

明日の発表の曲目ですが、以下の通りです。

本日のプログラム

J.S.バッハ パルティータ 第2番 ハ短調 BWV 826
シンフォニア
アルマンド
クーラント
サラバンド
ロンドー
カプリチョ

J.S.バッハ イギリス組曲 第3番 ト短調 BWV 808
プレリュード
アルマンド
クーラント
サラバンド
ガヴォット�、�
ジーグ

J.S.バッハ パルティータ 第6番 ホ短調 BWV 830
トッカータ
アルマンド
クーラント
エール
サラバンド
テンポ・ディ・ガヴォッタ
ジーグ

J.S.バッハ フランス風序曲 ロ短調 BWV 830 より
オーヴァーチュア(序曲)
ブーレ�、�
エコー


アンコールとして

マルチェルロ=バッハ
オーボエ協奏曲ニ短調から第1楽章

バッハ=シロティ
ヴァイオリンソナタ第5番ヘ短調から
アダージョ

バッハ=シロティ
プレリュードロ短調

バッハ
ゴールドベルグ変奏曲から
アリア


以上です。

2007年11月 7日 (水)

ピアニストが見たピアニスト 「アルゲリッチ」

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こんばんは。前回少しばかり感想を書いた、青柳いずみこさんの「ピアニストが見たピアニスト」です。前にも紹介しましたが、青柳さんはピアニストで学術博士号をもつ希有な存在。現在は大阪音楽大学の教授でもあります。この本は5人のピアニストに焦点をあてて、ピアニスト論を展開していきます。音楽関係の本、インタビュー、DVD、CDなどを網羅されている方にとっては情報という意味では新味が少ないかもしれません。それでもこの本の為に収集された資料は公開されていないものものも多く何かしら得るところもそこそこにあると思います。

この本の大きな特徴は現役のピアニストが同業者のピアニストを論評している点にあります。この点についてはあとがきに「論ずる対象が同業者というのもひっかかった。腕前に天と地ほども開きのある天才たちを、私などの分際で、どうのこうの言うことじたいが不遜に感じられた」と書かれています。天才ピアニストたちの強みも弱みもあらわにしてしまうのは奇術の種明かしをしてしまうようなうしろめたさもあります。しかしながら、読後の強い印象として、同業者に対する一種の尊敬と憧れが強くにじみでているように思いました。

書かれているピアニストはリヒテル、ミケランジェリ、アルゲリッチ、フランソワ、バルビゼ、ハイドシェック

フランソワ、バルビセ、ハイドシェックが入っているのはやや意外な感じを受けるかもしれません。著者の恩師は安川加寿子さんですので、必然的にフランスのピアニストは切っても切れないのかもしれません。

さて、今回書きたいのはアルゲリッチですが、ここ数年別府音楽祭で室内楽を聴かせてくれておりますが、ほとんど独奏を聴かせてくれていない状態が長く続いております。これは録音も同じです。彼女は神童として出発しましたが、1949年8歳の時のリサイタルがモーツァルトの20番の協奏曲(あのニ短調!です)、ベートーヴェンの1番の協奏曲、そして協奏曲の間にバッハのフランス組曲だそうです。このとき最初のパニックがあったと言われています。「トイレに駆け込んで自分に言い聞かせた。『ただの1個でも音をはずしたら、私は死んでしまうのだ』。普通こどもの場合はなにも考えずに過ぎてしまうものですが、アルゲリッチの場合は精神的にも異常な早熟ぶりではないでしょうか。

本の中で書いてあるわけではありませんが、最初の夫(中国系の指揮者)3番目の夫デュトワ(2番目は知りません)、その他コワセヴィッチ、ロストロポービッチ、ラヴィノビッチ等々大人の関係になった相手はみな最初は共演者でした。「人恋しさ」という言葉が浮かんできます。

アルゲリッチは数カ国語を話せるため、その語学力を生かした職業を考えていたようです。最初の離婚を経験したあとで、ショパンコンクールに優勝するのです。

2007年11月 3日 (土)

とほほのサイン

Myppqx0i こんばんは。青柳いずみこさんをご存じでしょうか。「ショパンに飽きたら、ミステリー」という本で、彼女を知ったのですが、本を読むまで彼女がピアニストであることは全く知りませんでした。2005年の6月に出た本ですが、「ピアニストが見たピアニスト」というのがあります。リヒテル、ミケランジェリ、アルゲリッチ、フランソワなど、評伝に近い書法ですが、ピアニストでなければ、理解不可能な精神分析などもあり、前述のピアニストの個性を大きく浮かび上がらせてくれます。この本は図書館で借りて読んだのですが、繰り返して読みたいので、購入することにしたのです。

些細なことかもしれませんが、青柳さんのホームページには著作の申し込みのテンプレートがあり、必要事項を書いてFAX送信致しました。価格は2100円ですが、直接申し込むと2000円しかも送料無料、後払い振り込み料受取人負担だけでも有り難いのに、さらに彼女の「サイン」が頂けるのです。

申し込んでから時間がかかりましたが、その本が昨日届いたのです。ところが、書籍封筒の宛名をみて嫌な予感がしました。私の姓は角岡(kadooka)と書くのですが、宛名は「角田」となっていたのです。果たして、青柳さんの達筆なサインはものの見事に角田○○様になっていたのです。

早速申し込みのFAXを見直したのですが、きちんと「岡」と書いてありますしローマ字の私のサインまで書いています。思うに私の名前は超マイナーな名前ですので、角田と思うのが普通かもしれません。青柳さんへの振り込みのコメント欄には「これはこれで一つの記念になります。有難うございました」と書きました。

ご本人がサインをして出版社から送られてくるものとばかり思っておりました。封筒の宛名書きも自筆ですし、ご本人の住所とおぼしき記載もありました。すべてご自身でなさっていたのです。素晴らしき読者サービスには、心打たれました。

本の感想はまたあらためて紹介したいと思います。

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