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2008年4月 7日 (月)

バッハ小伝〜フォルケル

こんばんは。先日のフォルケルの続きです。先日紹介したフォルケルのバッハ小伝の第6章「バッハの旋律」で、バッハの無伴奏作品について以下のように書かれています。

バッハが旋律と和声の処理においていかに思慮深く明敏であったか、彼がいかに両者のあらゆる可能性を汲み尽くそうと心がけたか、そのことは、彼が単一の旋律を、第二の旋律が対置できないような形で書こうと試みたことからも明らかである。当時原則とされていたのは、諸声部の結合が一つのまとまりを形成し、内容をもれなく表現するのに必要な音をせすべて使い尽くして、それにもうひとつの声部を付加しうるというような欠陥がいっさい感じられないようにすることだった。バッハの時代までこの原則は二声、三声、四声の楽曲に対してのみ、しかもまだ常に不完全な形でしか適用されていなかった。バッハは二声、三声、四声の曲においてこの原則を満たしたばかりか、その原則を単声の楽曲にまで拡大しようと試みた。六曲のヴァイリン独奏曲とさらに六曲のチェロ独奏曲はこのような試みの結果であって、そこにはいっさいの伴奏がなく、第二の旋律を付加する余地もまったくない。旋律に独特な動きをあたえることによって、彼は転調に必要な音をすべてたった一つの声部のなかで結合したので、第二の声部は必要でもなく、可能でもないのである。

内容はすこし難しいかもしれませんが、言わんとするところはわかると思います。

バッハの無伴奏の作品を聴いて、伴奏が欲しいと思わない、あるいは何かもの足らないという気分に全くならないのは作曲技法の上でそれを目指していたからということがわかります。

ブラームスがバッハの無伴奏ヴァイオリンソナタ第1番の最終楽章「プレスト」を対旋律を作曲(2つのバージョンがあります)してピアノのエチュードにしましたが、ブラームスの対旋律は見事なものですが、演奏の満足度は、無伴奏にはかないません。これは後にシェーベルクも述べておありますが、「旋律にあたかも最初から伴奏音が付随してるかのように作曲されている」からです。

特に無伴奏チェロ組曲は実質20世紀になってからカザルスが再発見したようものですが、1802年の段階(バッハ小伝の出版年)でフォルケルがその価値を評価しているのですが、古典派、ロマン派時代にいかに無伴奏作品が不遇であったがよくわかります。シューマンば無伴奏にピアノ伴奏を作曲、ブラームス、ブゾーニのよる編曲があったにしてもです。

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