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2008年4月18日 (金)

カラヤン帝国興亡史

Sqqeaibr

こんばんは。グールドの師アルベルト・ゲレーロの紹介を続けなければいけないのですが、少し趣を変えて本日は帝王カラヤンの話をひとつ紹介したいと思います。冒頭の写真はカラヤンが君臨した都市を今から紹介する本の作者が付録でつけたものです。

実はとても恥ずかしい話なのですが、私はカラヤンのCDは1枚しかありません。レコードも2枚組が1セットだけです。嫌いというほど積極的ではありませんが、もともとピアノ曲が好きだったので、管弦楽まで手が回らなかったこともあります。

さてこの本ですが、題名が「カラヤン帝国興亡史」で副題が「史上最高の指揮者の栄光と挫折」となっています。作者は中川友介 幻冬舎です。去年ですか「カラヤンとフルトヴェングラー」を出した人です。

カラヤンは歴史上にも画期的なポストに就きました。

1 ベルリンフィル終身首席指揮者
2 ザルツブルグ音楽祭芸術総監督
3 ウィーン国立歌劇場芸術監督

この3つを何と1956年に達成しているのです。カラヤンは1908年の生まれですからこのとき48歳です。何というカリスマ性でしょうか。

この本は会話らしきものはあるいは台詞などはほとんど出てきません。しかしこの本をカラヤンの履歴書と見ればこれは一大叙事詩の観があります。

私もこの前の「カラヤンとフルトヴェングラー」で知ったのですがベルリンフィルはカラヤン以前には終身の首席指揮者は置いておりません。もちろんベルリンフィル側が要望したものはありません。ザルツブルグ音楽祭の芸術総監督もカラヤンが初めて要求したポストです。

このへんの経緯が詳細に書かれていますので、音楽の要素は一切ありませんが、カラヤンの交渉力は見事なものです。ただカラヤンは我々が思うほど専制君主ではなく、若手の音楽家の為に財団を創設したりしています。

まったく内容を紹介しないのであればおもしろくありませんのでエピソーソをひとつ紹介致します。1976年4月イースター音楽祭の「ロ−エングリン」の公演でテノールのルネ・コロとの衝突があり、初日にコロは出演したものの、2日目は本番数時間前になってコロがキャンセルしたのです。

その原因は、リハーサル中に起きたらしく音楽解釈の違いでした。

カラヤンの言い分 「この作品を本当に理解して指揮できるのは世界に5人しかいない。だから、わたしのいうとおりにしろ」

コロの言い分 「そうかもしれないが、あなたはその5人のひとりではない」

コロの言い分はもうひとつの説がありまして
世界にはこの役を歌えるテノールは5人しかいない。しかし指揮できる指揮者は5千人いる」

要するにカラヤンの凋落の象徴としてこのエピソードがとりあげられたのでした。

このエピソードは当時有名になり、実はイースター音楽祭と同じメンバーでレコーディングが進んでいたのですが、1981年まで暗礁に乗り上げたままでようやくカラヤンとコロの和解、追加録音することで1982年に発売されました。


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