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2008年6月28日 (土)

chiakiのピアノレッスン 「アダージョ」〜弱音の練習

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こんばんは。今回は久しぶりにピアノレッスンです。余程のピアノ好きあるいはマニアでもない限りこの譜面は初めてではないでしょうか?

バッハには無伴奏ではないヴァイオリンとチェンバロ+通奏低音のための6曲のソナタがあります。この曲は第5番ヘ短調第3楽章のアダージョです。原曲のヴァイオリンは二重音ですが、ピアノ編曲では右手は4重音になっています。

調性はハ短調ですが、これは原曲と同じです。編曲はアレクサンドル・シロティです。1927年にカール・フィッシャーから出版されたのですが、長い間忘れられた存在になっていました。ピアノへの編曲物ではネット界の超有名人物Nさんでも所有していなかったのですが、彼の尽力でシロティー編曲のバッハ作品を初めてとする多くの作品が再出版されたのでした。私も1曲だけですが、協力しています。

話がそれてしまいましたが、原曲のヴァイオリンの美しい重音の再現は難しいのですが、ニュアンス豊かな和声を駆使して極めてデリケートな作品に再創造されています。

この曲の難しさは右手の微妙な和声の推移を明確に描くことおよび左手の控えめなアルペジオの奏法にあります。下手(例えばchiakiのような)が弾けば全く何を弾いているのかわかりません。ナクソスから出ているリスト・ラウリアラの演奏は美しい演奏ではありますが、決定盤とは言えません。
もっともこの演奏のCDはナクソス盤が一番入手しやすいと思います。イアン・ホブソンも弾いてますが、この曲の真価にはほど遠い演奏です。

この曲での練習ですが、左手のものすごく控えめなアルペジオの弾き方にあります。誤解を恐れずに書けば指だけの重みでアルペジオを弾いていくのですが「そっと押さえていく」という方がわかりやすいのではないかと思います。ほぼ毎日練習していますが、私の理想の6割もいってないのでと思います。バッハの曲で左右対等に弾くのが当たり前のchiakiにとっては超難題になっているはずです。たおやかなさざ波のような表現を目指しています。

ピアノが弾ける方は是非弾いてみてください。ちなみに昨年の発表会のアンコールで弾いたのですが、だめとはいいませんができは理想の半分もいってないと思います。但しセミコンとはいえグランドピアノの豊かな響きに助けられ、演奏そのものは家の練習では聴けないような音の流れになっていました。悲しいことにこのアンコールがビデオ撮影(撮影は私の家内)できていないのです。

2008年6月26日 (木)

悪魔のトリル〜「誰がヴァイオリンを殺したか」より

Fcei7xuz こんばんは。昨夜に続き「誰がヴァイオリンを殺したか」の紹介の続きです。著者石井宏さんは、本の冒頭イザイのSP録音の演奏を例に挙げて、現在ではこのような夢見る音は聞けなくなったと嘆くのですが、それでは、現在では全くイザイのようなヴァイオリンの音は聞けなくなったのか?この質問に対する回答として、アンドルー・マンゼの演奏と彼のバロックヴァイオリンと古楽に対する姿勢を綴っていきます。

ところで、マンゼですが、この本を読むまで全く知りませんでした。ピノック率いるイングリッシュコンソートの現在の音楽監督でもあります。

著者によれば現在のバロックヴァイオリンの音は第2世代にはいっており、第1世代の鋸を引くような音は大きく進歩したと述べています。私はこの初期の古楽の音が大嫌いで、いかにオーセンティックであっても美しくないものは音楽ではないと今でも思っております。私の考えを大きく変えさせたのがポッジャーのバッハの無伴奏作品です。でも何とか3兄弟だかの音は未だに認めてはおりません。

話を戻します。著者はマンゼの音の中にかつての正真正銘のバロックヴァイオリンの音を見いだすのです。

さて私はこの「悪魔のトリル」が大好きで第3楽章のダブルトリルの部分よりも先に第1楽章のラルゲット、第2楽章のグラーヴェがとても気に入ったのです。本当に美しいカンタービレを聞くことができます。

私が初めて聞いたのはオイストラフのいわゆるクライスラーが編曲した「悪魔のトリル」です。通奏低音(伴奏)がピアノですので、今聞けば様式的な違和感がありますが、しかしヴァイオリン好きを自認するなら、ピアノの音はほとんど聞いていないはずです。特に第3楽章のダブルトリル部分が終わった後ヴァイオリン単独でさらに難しダブルトリル連続のカデンツァ(クライスラーの編曲)の鬼気迫る演奏は他では絶対聞けないものです。もちろんタルティーニの原曲にこのカデンツァはありませんので、純粋な意味での悪魔のトリルではありません。

マンゼの演奏は確かに素晴らしいものですが、演奏では残念ながらオイスラフの域には達しておりません。しかしバロックヴァイオリンの音にアレルギーのある人にとっては、特効薬的といっても過言でないくらい美しい響きを奏でています。

しかし私が驚いたのはマンゼのバロックヴァイオリンの演奏だけではありません。著者が紹介する古楽に対する彼の姿勢です。

1)歴史的な知識に基づいて作られた道具を手に入れること(重要度5%)

2)正しい演奏スタイルとそのための技術を身につけること(重要度10%)

3)歴史的背景についての知識を持つこと(重要度5%)

4)埃だらけの古文書の資料庫に入り原作曲者の自筆稿を探し出し、後世の校訂者のくっつけた異物を取り除くために、オリジナルの譜面に当たること(重要度10%)

5)あとはきみの頭(イマジネーション)を使うこと(重要度70%)

私がオイストラフの演奏に感動したのは、カデンツァを創作したクライスラーと演奏したオイストラフのイマジネーションに他なりません。

なおマンゼについてはモーツァルトのヴァイオリン協奏曲3番、4番、5番、バッハのヴァイオリンソナタ(無伴奏ではない方)を聞きましたが、少なくともバロックヴァイオリン嫌いを放棄させるだけのものは持っています。特に現代のヴァイオリンの音に慣れたモーツァルトのヴァイオリン協奏曲は素朴かつすがすがしくこれまたオイストラフの同演奏の仲間入りをしました。

2008年6月25日 (水)

ヒル商会〜「誰がヴァイオリンを殺したか」より

こんばんは。石井宏さんの「誰がヴァイオリンを殺したか」は、やはりというか当然というか、センセーショナルな題名ばかりが目立って私のような紹介では本当の面白さが全然伝わってきません。

これには理由がありまして、石井宏さんの書き方が本当に必要事項が簡潔に描かれておりまして、紹介しようとすると丸ままの引用になってしまうからです。音楽に詳しくなくても読めてしまう筆力は本当に素晴らしいと思います。

さてヒル商会からヴァイオリンが連想出来る方はそう多くはないと思います。ご存じの方でも音楽よりはヴァイオリン音楽あるいはヴァイオリンそのものがお好きな方ではないでしょうか。ヒル商会は遡ること18世紀ロンドンでヴァイリン製作を生業とし二人の息子が家業を継ぎきました。次男ヘンリー・ロッキー・ヒル(1774−1835)はベッツ(1755−1823)というヴァイリン製作家でなおかつイタリアのヴァイリンの名器に優れた鑑識眼を持っていた職人のもとで修業をします。その3代目ヒルがヴァイオリン製作とイタリアの名器に対する知識と鑑識眼を身につけたあと、その息子W・E・ヒル(1817−1895)は、ヘンリーの血を受け、ヴァイオリン製作より、イタリアの名器の鑑定並びにヴァイオリンの修理で名をはせるようになります。

この4代目W・E・ヒルには、4人の息子がいました。ウイリアム・ヘンリー、アーサー・フレデリック、アルフレッド・エブスワース、ウォルターエドガーたちです。彼らが協力して創設したのが「ヒル商会」です。

ヒル商会はイタリアの名器の鑑定・修理・評価(値付け)を生業とし、ヒルの鑑定書が世界で唯一無二のお墨付きになるほどその業績をあげていきました。ヒル商会は1902年に「アントニオ・ストラディヴァリ・その生涯と作品」を刊行して彼らが接したストラディヴァリを1本残らず鑑定してみせたのでした。

ところでこの鑑定書には持ち主の楽器の構造、材質、持ち主変遷、修理の足跡などこと細かく記されているのですが、こと音質、音量など肝心要のことが評価の対象になっていないのです。

要するにストラディヴァリはその音で価格が決まっているわけではなく工芸品あるいは骨董品としての価値で価格がついている訳です。それではストラディヴァリの音は?ということになります。

これを書いてしまいますとこの本を読む価値が半減しますので、これ以上踏み込みませんが、何億もする価格が実はその音の価値ではないというところが本書の結論です。

神秘のニス(現在の科学技術を持ってしても再現できないといわれている?)についても詳細な言及があります。読んでしまうと夢がこわされるような気になりますが、ストラディヴァリの神話がいかに作られたのかがもつれた糸をほぐすように解き明かされます。

2008年6月22日 (日)

誰がヴァイオリンを殺したか

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こんばんは。伯父の葬儀も無事終わり、たくさんの人々に見送られて出棺しました。私は火葬場まで同行しお骨を拾いました。死は必然ですが、なかなかすんなりと受け入れることはやはり難しいです。

今回のテーマ「誰がヴァイオリンを殺したか」は衝撃的なテーマですが、内容は、いわゆる音楽好きが知っている知識・常識の根拠を改めて著者石井宏さんが、検証しながら且つ音楽史の講義というより、音楽物語をしてくれます。

全部のお話を要約する能力は私にはありませんので、私が感じた部分を紹介していきたいと思います。

プロローグでいきなり現在のヴァイオリンの音はかつて響いていたと似ても似つかない音になっていると嘆くところから始まります。その根拠はSP盤で聞くことができるイザイのユモレスク(ドボルザーク)を例にあげて話を進めていきます。

ヴァイリンという楽器の由来、ストラディヴァリの神話の起源と伝説に真っ向から挑戦しています。

ついでパガニーニの伝承も検証しています。パガニーニ=守銭奴というイメージが私にはあるのですが、事実パガ・ニエンテ(Paga.niente)という言葉は「一銭も払わない」という意味だそうです。しかしながらベルリオーズに二万フランという大金を贈ったのも事実です。

なお同時代の様々な音学家から賞賛を受けたのはパガニーニのその悪魔的な技術ではなく、甘美なアダージョだったそうです。クララ・ヴィーク(後シューマンの妻)の父フリードリッヒは「いかなる歌手とても、パガニーニの弾くアダージョほどの深い感動を与えてくれはしない。すべてのジャンルを通じて。彼と同じように偉大で比較を絶した芸術家がいたためしがない」とまで言い切っているのです。

この本から2年後石井宏さんは「反音楽史」を書くのですが、その萌芽が散見されます。

伯父の死

こんばんは。20日の金曜日ですが、伯父が亡くなりました。享年101歳(満99歳)でした。明治41年生まれです。ここ数年間は特別養護老人ホームでお世話になっていました。

子供の頃でしたが、戦争体験をよく聞かせてもらっていました。伯父は戦艦「比叡」の船員であったことを誇りにしていました。

子供の頃は歌が好きで小学校の帰り道はいつもあぜ道を通り遠回りして歌う時間を稼ぎました。童謡、唱歌もありましたが、伯父から教わった軍歌もたくさん歌っていました。もちろん歌詞の意味などまったくわからず、ただ「歌」であることが理由でした。その中から伯父がもっとも好んだ軍歌「月月火水木金金」を紹介して伯父を偲びたいと思います(私の結婚式で歌いました)。

「月月火水木金金」の意味は土日がないということですがそれは歌詞をご覧ください。

作詞:高橋 俊策
作曲:江口 夜詩
著作権:有(詞・曲)

一、
朝だ夜明けだ潮(うしお)の息吹
ぐんと吸い込む銅色(あかがねいろ)の
胸に若さの漲(みなぎ)る誇り
海の男の艦隊勤務
月月火水木金金

二、
赤い太陽に流れる汗を
拭いてにっこり大砲手入れ
太平洋の波波波に
海の男だ艦隊勤務
月月火水木金金

三、
度胸一つに火のような練磨
旗は鳴る鳴るラッパは響く
行くぞ日の丸日本の艦(ふね)だ
海の男の艦隊勤務
月月火水木金金

四、
どんとぶつかる怒涛の唄に
ゆれる釣床今宵の夢は
明日の戦(いくさ)のこの腕試し
海の男だ艦隊勤務
月月火水木金金

こちらで聞くことができます(男性合唱)

2008年6月17日 (火)

雑話

こんばんは。私が一番好きなものは、恐らくブログを閲覧してくださってる方には音楽のように思われるかもしれません。が、実は音楽について雑談する方がもっと好きなのです。この雑談の中にある種の教養をかくし味にするのがもっとも好きなのですが、病気になる前の娘のchiakiは飽きずに私の雑談によくつきあってくれました。

ひとつ例をあげます。

イエス・キリストが弟子たちと布教活動をしていた時のことです。飢饉で村の食べ物が尽きてしまいました。弟子が300人以上はいる村人の飢えを救いたいと申し出ます。しかし手持ちの食料は干し魚がわずか3匹です。「イエス様、どういたしましょうか」

これが問題です。この問題はchiakiには小学1年生の時に1回、中学3年生の時に1回、それと先日1回質問しました。

確かに小学生の時は答えられませんでしたが、後の2回はものの見事に答えています。理由は何故でしょうか?私の考える理由ではなくchiakiが教えてくれた理由ですが、「最初は答えを知ってばかばかしいと思ったが、よくよく考えるとイエスの偉大さがよくわかる話」なので、ずっと覚えているとのことでした。

さて、答えはおわかりでしょうか?

「分かち与えよ」が答えです。300人に3匹の魚を?馬鹿ばかしいと思われると思います。

何故こんな話を持ち出すのでしょうか?私が一番興味深いのは6才で教えたことが24才でも覚えているという事実です。すなわち本人にとって一番印象に残りやすい形で物事を指導していけば、難なく理解、しかも長く記憶に留めるということではないでしょうか。

これも昔よく新入女子社員にした雑話です。アダムとイブのエデンの園での会話です。

イブ ねぇ アダム 私のこと愛してる?

アダム ?????????????

このアダムはさて何といったのでしょうか。

いろいろな会話が考えられると思います。正解例として、

「(女性は)君しかいないじゃないか」です。

残念ながら私の思う答えを出してくれた人は極めてすくないのですが、私が女子社員に続けてこういったものです。この答えを出せない男性とは付き合うなとまではいいませんでしたが、少なくと一緒にいて幸せになれる確率は極めて低いと吹き込んだのでした。

それは何故でしょう?これが私から皆さんへの問題です。

さて、この時点で理由を真剣に考えている人は、恐らく性格的に極めて真面目な方だろうと推察いたしまます。

6月17日追記
昨夜の、問題はいかがでしたでしょうか。私の答えは何通りかありますが、そのうちのひとつをご紹介致します。

実はあまりも女子社員の正解が少ないため、まさかとは思いましたが、劣等感を抱いてもらっては困りますので、要するに「自分のことはさておき・・」の心境になってもらうために男性云々の話を「作りあげた」訳です。当然のことながら「幸せになれる確率は極めて低い」は私のデッチ上げです。

この話を最初からヨタ話と受け止められた方はおおらかで、ユーモアのセンスの持ち主だと推察されます。

後に私の妻となった女性に上記のアダムとイブの質問をしたのですが、「汝の神(山の神?)を試すべからず」と反撃を食らいました。要するに全然わからなかったのです。

以上今までのお話は生活上、何の役にも立たないばかりか、使う相手を間違えますと、大変なことになります。

例えばA,B,C,E,Sで連想されるドイツの工業製品は?とか1,3、5,6,7で連想される同じくドイツの工業製品は?・・・両方に共通点があります。

このように質問されると超難問のように思いますが、町で見かけるものです。特に都会では。

まったく何の役にも立たない問題ですが、ある特徴を限りなく凝縮しますと、上記のような設問になるわけです。

このような設問はいくらでも作れます。「エジプトでお母さんといえば?」なんかもそうですね。

ついでに私のホームページで以前書いたことがありますが、
「緑があって赤がない」「体育があって英語がない」「老人があって、青年がない」「海があって山がない」・・・もうおわかりですね。ついでに「子供があって大人がない」

これも某中学校の忘年会の余興で2年続けてやったのですが正解者ゼロでした。これは役員(保護者)対教員のクイズ合戦での役員からの設問でした。

続けるとキリがありませんのでこの辺で失礼します。決して真剣にお考えになりませんように・・・・眠れなくなります。

6月18日追記
たぶん、恐らくいくら考えても連想できない?方がいらっしゃるかもしれません。答えを書いておきます。

A,B,C,E,Sで連想されるドイツの工業製品はベンツです。それぞれの文字は車種を表します。同様に1,3、5,6,7はBMWです。共通するのは自動車ですね。実際にはE350、320などが車名になります。ちなみに後ろの数字350は3500CC、20は2000CCとエンジンの排気量をあらわします。

エジプトのおかあさんはナイル川ですね。「母なるナイル」を覚えていらっしゃるでしょう。






2008年6月15日 (日)

古畑任三郎 ラスト

こんばんは。以前の放送ですが、金曜、土曜と再放送されてましたので見ました。今回のお話は音楽にはまったく関係のないお話ですので最後に音楽に結びつけるような展開になればいいのですが、こればかりは保証できません。

古畑任三郎シリーズは、武器を使わず、派手なカーアクションの追跡シーンもなく、日本版刑事コロンボです。再放送がある度にほとんど見ています。主役の田村正和が相当のキャラクターなので、犯人が彼を上回るキャラクターか、あるいは大物俳優、大女優であれば相当楽しい内容になります。

そうでないと最初から「勝負がついており」見る気がしません。その点でも刑事コロンボの場合、犯人は社会的地位も高く(役柄の上で)かつ大物俳優、女優がたくさん出演していました。

逮捕するには忍びないほどの殺人動機があり、古畑自身が犯人をわざと逃がしてしまう・・・ような話を見たかったのですがこれは残念ながらこのシリーズではありませんでした。

昔、金庫破りを追っている老刑事が廃棄場に捨て置かれた金庫の中に子供が閉じこめられたことを知ります。密封状態の金庫の中では早晩、子供が窒息してしまいます。老刑事はこの金庫破りに、子供を助けるように依頼するのですが、金庫破りは「動かぬ証拠」を刑事の前で見せる訳にはいきません。しかし泣き叫ぶ子供の両親を前に、金庫破りは刻々と迫る子供の窒息死と戦いながら、解錠のダイヤル合わせをするのです。やがて日付も変わったところでようやく解錠に成功。

金庫破りは老刑事の前に両手を差し出して手錠を促すのですが、その時、老刑事は「俺は昨日で定年(刑事を)だ」といって金庫破りを見逃すのです。

大昔に読んだ推理小説だっと思うのですが、作者もタイトルも記憶にありません。

2008年6月12日 (木)

ヒューイットのバッハ講座&コンサート

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こんばんは。1ヶ月以上も前に入手していましたDVDですが、ご紹介したいと思います。アンジェラ・ヒューイットのバッハ講座とライブ演奏の2枚組のDVDです。

講座の方は7章に分かれているのですが、各章自体もさらに細かく項目があります。各章を細かく紹介すればいいのですがかえって煩雑になるだけだと私自身思いますのです、少し(大幅?)再構成してご紹介致します。

現代ピアノでバッハを弾くことの意義から始まり、フレーズ、音色、アーティキュレーション、指使い、テンポ、リズムの処理などを具体的な演奏例で模範例を示していきます。

周知の通り(?)バッハの楽譜にはテンポ、強弱、フレーズ等の記号はほとんど例外なく指示がありません。それをどのように具体化していくのかヒューイットの例を検証していきます。

撮影の場所がイタリアのファツィオーリのピアノ工場で収録されており、ピアノもファツィオーリで演奏しています。

ライブの演奏はパルティータの第4番、イタリア協奏曲、半音階的幻想曲とフーガの3曲が収録されています。

レクチャーですが、ヒューイットが今まで開催してきたマスタークラスが基本になっています。マスタークラスとは聞き慣れない言葉かもしれません。演奏家もある程度のキャリアを積みますと、音楽院で教えるのではなく、音楽祭などの機会などに(もちろん単独で開催もあります)プロ、あるいはプロの卵の為に講座を開催します。これがマスタークラスです。

このDVDのレクチャーは入門から語っておりますので、バッハ初心者でも十分理解できると思います。有用なことは私が申しあげるまでもありませんが、バッハを学ぶ場合、実に様々な知識が必要です。といいますのは楽譜だけではどのように演奏していいのかわからないことが多すぎるのです。この点もヒューイットはきちんと説明していますので、大いに参考になります。

ファツィオーリの美しい音でヒューイットが模範演奏していますのでバッハ嫌いの方にもおすすめです。私の極めて個人的な体験で申し訳ないのですが、ここにあるヒューイットの講座内容約2時間分の内容を得るのに、私は30数年の月日と何百万円(車1台分くらい?)という経費を要しています。

バッハ演奏のとっかかりがつかめないとか、改めてバッハ演奏の指導で悩やまれている方にはおすすめです。

なお余談ですが、ヒューイットの英語は上品かつ明瞭ですので英語の聞き取りの練習になります。字幕は日本語もあるのですが、日本語的に翻訳されているので英語の語句の順番に訳されてはいませんので、日本語字幕と英語を同時に見聞きするのは違和感があります。

ライブコンサートも美しい音で魅力的な演奏です。

最後に極めて個人的な感想をひとつ、ヒューイットは極めて重要なことを知らしめてくれてはおりますが、その方法論についてはこれはあくまで彼女の提案に過ぎません。これを勘違いしますと彼女のレッスンは極めて押しつけがましいと感じられることでしょう。

2008年6月 9日 (月)

レオポルドの青春

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こんばんは。先週末に購入した本をご紹介をしたいと思います。私の大好きな石井宏さんですので、読みやすいのは当然のこと、どのようなレオポルド・モーツアルト像を展開をしてくれるのかページを開けるのがとても待ち遠しかったのですが、私の中では石井宏さんは音楽学者あるいは音楽評論家としか存在しておりませんで、読み始めてびっくり仰天。てっきりレオポルドの評伝だと思いこんでいたのが(この本は)レオポルドが主人公の本格的な小説です。

あとがきがあるのですが、これがまた無茶苦茶長い。11ページもあります。その中で彼が今後執筆しようとしている「小説モーツァルト」の本編は第1部(序章)に相当すると宣言しています。ついで神童ヴォルフガングの栄光の時期が第2部、自我の覚醒から父親への反逆と独立が第3部、さらに第4部、5部と構想を発表しています。

感想ですが、才能があっても運の悪い人は世の中にたくさんいます。レオポルドなどその典型ではないかと思いました。16才で父親を亡くし高等中学を1年だけで退学、支援者の神父のはからいでザルツブルグ大学へ入学するも2年でいわれなき理由で退学、貴族の従僕として奉公、結婚後授かった子供は6人だがナンネルとヴォルフガング以外はすべて若年死している。そんな中でまとめあげた「ヴァイオリン教程」の自費出版がレオポルドの明るい未来への道標だった。この本は先に書きましたようにヴォルフガングが生まれるまでのお話です。

話はもどって石井宏さんはすでに小説「チョッちゃん」をものにしているらしい。

最後にページの片隅に書かれていたレオポルドの言葉を引用して紹介を終わります。

最もすぐれた才能に恵まれた人間がしばしば極貧に暮らしていないだろうか

ご存じのように自分の道は勝って切り拓いていかねばなりません

2008年6月 8日 (日)

導入機器での試聴

こんばんは。娘のchiakiがキャンプから帰って来ましたが、昨日は練習は休み、今日は練習はしておりますが日曜日ですのでレッスンはお休みです。少しずつですが戻りつつあります。オーディオのお話を少ししたいと思います。

前回バランス(XLR)接続での印象を書きましたが、オーディオは組み合わせが数多くありますので、参考になるかどうかは全くわかりません。機器がすべて同じでも部屋が違いますし聴くソフトも違います。ずっと前ですが、当時1千万円をなんなんとするシステムを持ちながら聴くのは「美空ひばり」のみ。この時の苦しさは今でも忘れません。つまりこういうことです。はなはだ失礼ながら、その事実がおかしくて腹がよじれるくらい大笑いしたかったのですが、招待されている以上そんなことは絶対できません。何かを我慢する苦しさ(例えばトイレなどの自然現象)は皆さん経験がおありだと思いますが、この時の笑いを堪えるのは本当に苦しく脂汗が出たくらいです。

しかし今となっては笑うことはできません。フルトヴェングラーしか聴かない人も知っているからです。録音状態を考えるなら美空ひばりの方がはるかにましというものです。

このようにオーディオをやる人は、本人は真剣なのですが、端から見ると狂人とまではいかなくても変人、おたくは数限りなくいます。私は狂人になるほど財力がありませんので。極めて普通に近い?と思っているのですが・・。

前置きが長くなりました。今回導入したのはCDプレーヤーとボリュームボックスです。
Nwhnz6al
CECのTL53Zです。最大の特徴はベルトドライブであることでしょう。上部の蓋をスライドさせて開けCDを置きさらに上からCDと同じ径のスタビライザーを乗せて蓋を閉めませんとCDが動かないようになっています。写真で見ると小さく見えますが奥行きは448mmありますから大きいです。但し幅は217.5mm高さは111mmですので通常のコンポの約半分のサイズです。
Ylkundpx
ボリュームボックスはSPLのVOLUME2 MODEL2602です。これは単なるパッシブ型のボリュームではなくボリューム位置によるインピーダンス変化を避けるためバッファアンプが内蔵されています。従って電源が必要です。

CECのベルトドライブプレーヤーは4年以上も前になりますが自宅で試聴会をやったことがあります。この時はTL51Zでしたが、あふれるばかりのアナログ感覚には試聴者全員驚嘆しました。この時はCECの卸さんがデモ機を自宅まで持参して頂きました。一時は購入を考えたのですが、私の病気のためうやむやになってしまいました。今回の購入の動機ですが、最新のベルトドライブプレーヤーであることとバランス出力があることが大きな決め手になりました。B0f9xeur
TL53Zには通常のRCAアンバランス出力とバランス出力があり、デジタル出力も同軸アンバランスとバランス出力が付属しています。その決め手ですが、SPLのボリュームがバランス入力とバランス出力仕様だからです。Tlhb0phx
バランス接続は出力はアンバランスにケーブルだけで変換できますが、入力は専用アンプが必要になります。従ってCDプレーヤーにバランス出力が付属していなければならなかったわけです。私の現在のパワーアンプはフライングモールですので、これはバランス入力がありません。従ってSPLのボリュームの出力はバランスですがアンバランスに変換ケーブルを自作しました。これは前にお話した通りです。

さて今回はたくさんの組み合わせて試聴する必要があります。CDプレーヤーは3台 DCD3500RG(デノン)PD−D9(パイオニア)、TL53Z(CEC)プリは自作とSPLのボリュームボックス パワーアンプはフライングモール スピーカーは自作のD−55ではなくLS−350kitです。デノンとCECはアンバランスとバランスの2種類がありますので、実質CDプレーヤー5台相当になります。

自作プリはもちろんバランス入力がありませんのでCDのバランス出力は変換ケーブルでアンバランスに変換して試聴しています。

すべての組み合わせの場合について一応メモらしきものは書いたのですが、本当に微妙な違いですので、ここではSPLとCECの導入の効果のあるやなしやについて書きます。

試聴盤はシノーポリとベルリンドイツオペラ管弦楽団とのヴェルディの歌劇「マクベス」序曲(フィリップス)です。ソロの管楽器、繊細な弦楽群、長い休符、おおきなうねりの総奏・・演奏もそうですがオーディオ的にも聴くべきところが多いCDです。

このSPLのボリュームボックスを使うと音響空間の見通しが驚くほどよくなります。静謐と表現してもよいくらいの静けさは月並みな表現ではありますが心に染みいります。ちょうど昨日友人が遊びに来ておりましたので、一緒に聴いていたのですが、これでアナログレコードは必要なくなったねとの感想でした。デノンでも効果抜群でしたが、CECとの組み合わせ(バランス接続)は使用しているスピーカーはペアで4万円もしないKit品とはとても信じられないくらいの高品位の音で、おそらく文字で書いても信じられないと思います。ベルトドライブとボーリュームボックスの相乗効果だと思います。なおSPLについては石田善之さんがオーディオアクセサリー2008年春号で試聴記を書いています。

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